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第7話:皇帝陛下の御成りと、世界一美しい海辺の巨大無人モール

 その日の朝、海沿いの地方都市『シーサイド・ガルド』は、かつて誰も見たことがないほどの熱気と、魔法のような輝きに包まれていた。


「信じられない……。ここが、あの薄汚れていた俺たちの街なのか?」

「道端のゴミが一つもない! それどころか、潮風特有のベタつきが全くなくて、空気が信じられないくらい澄んでいるわ!」

「見てみろ、あの巨大な廃墟だったモールを! まるで白亜の宮殿じゃないか!!」


 早朝から街頭に繰り出した地元住民たちが、感極まった声を上げている。

 無理もない。私が街の四隅に設置した『超広域・浄化の水陣クリーン・スプラッシュ』と『癒やしのそよヒール・ブリーズ』の複合循環システムは、この三日間、夜明け前の誰もいない時間帯に街全体を「魔法の霧」で丸洗いし続けたのだ。

 結果として、シーサイド・ガルドは帝国で最も空気が美味しく、最も美しい石畳を持つ、極上の海辺のリゾート都市へと完全に変貌を遂げていた。


 そして、その街の最奥、海岸線にそびえ立つ巨大商業施設『オーシャン・モール』。

 ゴーレムたちによる外壁清掃と修復を終え、屋根には太陽光と海風を無尽蔵のマナに変換する『多重螺旋式・マナ吸着陣』が鱗のように敷き詰められている。

 今やこのモールは、廃墟どころか、帝国の最先端技術が集約された巨大な「魔力発電所」兼「究極のエンターテインメント施設」として、そのグランドオープンの時を迎えようとしていた。


「アリス! 最終チェックの報告よ! 地下のトレジャーハント・ダンジョン、魔力濃度正常! 無人店舗の決済ゲート、空間接続エラーなし! 中央広場のイリュージョン発生器もスタンバイ完了よ!」


 完璧に仕立てられた純白と金のCEOスーツに身を包んだルミアが、インカム型の魔導具を押さえながら私に駆け寄ってきた。

 私も今日ばかりは作業用のカーゴパンツを脱ぎ、ユリウス大公が直々に手配してくれた、動きやすさと上品さを兼ね備えた深紅のパンツドレスを纏っている。


「こっちも完璧よ、ルミア社長! モール全体の魔力循環システム、出力百二十パーセントで安定稼働中! いつでもお客様を迎え入れられるわ!」

「よし! ついにこの時が来たわね。……ああっ、来たわ! 帝都からのVIP専用の魔導馬車列よ!」


 ルミアが指差した大通りの先から、豪奢な装飾が施された数十台の巨大な馬車が、護衛の騎士団を伴って土煙を上げて近づいてくるのが見えた。

 先頭を走るのは、黄金の双頭鷲の紋章が刻まれた、他を圧倒する巨大な特別製の魔導馬車。


「あれが……ヴァルハイト帝国の皇帝陛下の馬車……!」

 私はゴクリと息を飲んだ。


 馬車がモールの広大なエントランス広場に滑り込むように停車する。

 近衛騎士たちが素早く展開し、レッドカーペットが敷かれた。そして、馬車の扉が静かに開く。


 中から現れたのは、初老ながらも圧倒的な覇気と威厳を纏った男性――ヴァルハイト帝国第十二代皇帝、ヴィルヘルム・フォン・ヴァルハイトだった。

 そしてその後ろから、いつもの漆黒の軍服に身を包んだ、皇帝の甥にして帝国の影の支配者、ユリウス大公が涼しい顔で降りてくる。


「よく来たな、ユリウス。……そして、君たちが我が甥に狂気と言わしめた『魔導商会A&L』の若き経営者たちか」

 皇帝陛下が鷹のような鋭い視線で、私とルミアを射抜いた。

 並の商人ならその眼力だけで気絶しそうになるほどの重圧。しかし、ルミアは完璧な、一ミリの隙もない優雅なカーテシー(淑女の礼)を披露した。


「お初にお目にかかります、皇帝陛下。本日は遠路はるばる、このシーサイド・ガルドまで足をお運びいただき、誠に光栄の至りに存じます。私、『魔導商会A&L』の最高経営責任者、ルミアと申します。そしてこちらが――」

「最高技術責任者の、アリス・フォン・ローゼンバーグです。陛下、私たちの作った世界最高のエンタメ空間へようこそ!」


 私はあえて貴族の礼ではなく、技術者としての堂々とした笑顔で挨拶をした。

 皇帝陛下の眉がピクリと動く。


「……ローゼンバーグ。隣国の公爵家の令嬢と聞いているが、随分と威勢が良いな。ユリウスから、君たちがこの寂れた廃墟を買い取り、途方もない計画を進めているとは聞いていたが……」


 皇帝陛下は周囲を見渡した。

 透き通るような空気、白亜に輝く巨大なモール、そして活気に満ちた街の雰囲気。


「驚いた。かつて私が視察に来た時の、あの陰鬱で中途半端な空気はどこへ行ったのだ? まるで街ごと新品に取り替えたかのようではないか」

「すべてはアリスの魔導技術と、それを運用する我が社のシステムによるものですわ。さあ陛下、立ち話も何ですので、中へご案内いたします」


 ルミアの先導で、皇帝陛下、ユリウス大公、そして帝国の重鎮たる上位貴族たちが、続々とモールの巨大な自動扉(私が近づくだけで開くように魔力感知式に改造した)をくぐっていく。


 ◆◆◆


「な……なんだ、この空間は!?」

 一階の広大なフロアに足を踏み入れた瞬間、同行していた財務大臣が素っ頓狂な声を上げた。


 かつて薄暗く、壁で仕切られていた閉鎖的なテナント群はすべて取り払われ、見渡す限りの広大なオープンスペースが広がっている。

 そして、その中央に鎮座しているのが、私たちの切り札の一つ――『完全無人・魔導コンビニエンスストア』の巨大なエリアだった。


「陛下、皆様。こちらが我が社の最新技術の結晶、『A&Lスマート・マート』でございます」

 ルミアが入り口のクリスタルゲートを指し示す。


「店員が……一人もいないではないか。レジ打ちの者はどこにいるのだ? これだけの規模の店舗、どうやって会計を行うつもりだ?」

 皇帝陛下が不思議そうに尋ねる。


「レジ打ちという概念は、もはや過去のものですわ。陛下、よろしければこちらの『魔導ブレスレット』をお付けいただき、中でお好きな商品を一つ手に取って、そのまま出口へ向かってみてください」

 ルミアが恭しく、十万ゴールドがチャージされた特別製の銀のブレスレットを皇帝陛下に手渡した。


「ふむ……? 良いだろう」

 皇帝陛下は訝しげにブレスレットを腕にはめ、ゲートをくぐった。

 その瞬間、ゲート横の水晶板に『ヴィルヘルム様、ご来店ありがとうございます』という文字が浮かび上がる。貴族たちが「おおっ」とどよめいた。


 皇帝陛下は広大な商品棚の間を歩き、陳列されていた美しい『海辺の街の特産・貝殻細工の魔導ランプ』を手に取った。

 その瞬間、ブレスレットが微かに光る。


「……で? これをレジに持っていくのか?」

「いえ、そのまま出口のゲートをお通りください」


 ルミアに言われるがまま、皇帝陛下がランプを持ったまま出口のゲートをくぐった。

 ピピッ、という軽快な音と共に、出口の水晶板に『お買い上げありがとうございます。三千ゴールドを自動決済いたしました』と表示された。


「……なっ!?」

 皇帝陛下は目を見開き、自分の腕のブレスレットと、手の中のランプを交互に見つめた。

 同行していた財務大臣や商人ギルドのトップたちは、顔面を蒼白にして震え上がっていた。


「ば、馬鹿な! 誰一人として金額を確認していないのに、なぜ商品の値段が正確に引き落とされているのだ!?」

「それに、もし別の商品を懐に隠してゲートを通ったらどうなる! 万引きされ放題ではないか!」


 貴族たちの叫びに、私は満を持して前に出た。


「万引きは絶対に不可能です。この店舗の棚には一ミリの誤差も許さない『空間把握センサー』と『重量感知魔法陣』が敷き詰められており、お客様が『どの商品を手に取ったか』を完全に把握しています。もしチャージ残高が足りないまま、あるいは不正に商品を隠し持ってゲートをくぐろうとした場合……」


 私は、わざと残高ゼロのブレスレットをはめ、棚から高級ポーションをポケットに突っ込んでゲートをくぐってみせた。

 ブブーッ! というエラー音と共に、空間魔法が発動する。

 私のポケットの中にあったポーションは一瞬で光の粒子となり、元あった商品棚の定位置へと『強制転送』されたのだ。


「このように、商品は自動的に棚に戻されます。つまり、盗難被害のリスクは物理的にゼロパーセントです」


 シーン……と、広大なフロアが静まり返った。

 あまりの技術の飛躍に、帝国の重鎮たちの脳が処理を追いついていないのだ。


 その静寂を破ったのは、皇帝陛下の低く、震えるような笑い声だった。


「くっ……ふははははは!! 見事だ! 実に見事だローゼンバーグ!! この広大な店舗を、人件費ゼロ、盗難リスクゼロで、二十四時間稼働させることができるというのか!!」

「はい、陛下。そして、ここからが経営者である私の戦略です」


 ルミアがスッと一歩前に出た。彼女の目は、完全に帝国の経済を掌握する支配者のそれだった。


「無人化によって浮いた莫大な『人件費』。私たちはそれを削るのではなく、すべて『高付加価値のサービス』へと回しました。このモールで働くシーサイド・ガルドの地元住民たちは、もはや退屈なレジ打ちなどしません」


 ルミアが指差した先。

 そこには、真新しいお洒落な制服を着た地元の若者たちが、笑顔で待機していた。


「彼らは『接客専門のコンシェルジュ』、地下ダンジョンの『エンターテイナー』、そしてモールの『景観維持のプロフェッショナル』として、従来の三倍の給与で雇用されています。単純作業はすべてアリスの魔導機械に任せ、人間は『人にしかできない最高のおもてなしとエンタメ』に特化する。これが、我が魔導商会A&Lが掲げる、新しい商業の形です!!」


 完璧なプレゼンテーション。

 テクノロジーで単純労働を駆逐し、その分の利益を地元住民の高給雇用に還元する。まさに、地方創生と経済の爆発的発展を同時に成し遂げる、無敵のビジネスモデルだ。


「……ユリウスよ。お前が五千万ゴールドという途方もない額を、ポンとこの小娘たちに投資した理由がよく分かった。これは単なる魔法ではない。帝国の歴史を数百年単位で早送りする、革命そのものだ」


 皇帝陛下は深く感嘆の息を吐き、隣に立つユリウス大公に語りかけた。

 ユリウスは静かに頷き、アメジストの瞳で私を見つめた。


「ええ。彼女の頭脳は、帝国の何よりも価値がある至宝です。……そして、驚くのはまだ早いですよ、陛下。アリスの真骨頂は『無人店舗』などという便利なだけの代物ではありません」


 ユリウスの言葉を合図に、私はモールのマスターコントロールパネルに手を触れた。


「それでは皆様。このモールの心臓部、中央吹き抜け広場をご覧ください。私が無限の予算を注ぎ込んだ、世界最高のエンターテインメントの幕開けです!」


 私が魔力を流し込んだ瞬間。

 一階から四階までを貫く巨大な吹き抜け空間の照明が、フッと一斉に落ちた。


「な、なんだ!?」

 貴族たちがざわめく中、吹き抜けの床面から、淡い青色の光が立ち上り始めた。

 それは無数の光の粒子となり、まるで海の中から水面を見上げているかのように、空間全体を幻想的なディープブルーに染め上げていく。


『展開・広域複合イリュージョン【オーシャン・イン・ザ・スカイ】』


 私の詠唱と共に、空中に信じられない光景が描き出された。

 光で形作られた色鮮やかな熱帯魚の群れが、吹き抜けの空中を優雅に泳ぎ回る。

 そして、天井付近に展開された巨大な水属性の魔法陣から、実体を持った『水流のクジラ』が飛び出し、モールの空間を悠然と回遊し始めたのだ。


「おおおぉぉぉ……!!」

「空を……巨大な魚が泳いでいる! 本物の水だ! しかし、我々の服は全く濡れていないぞ!」

「美しい……! まるで夢の中にいるようだ……!」


 皇帝陛下も、財務大臣も、口をポカンと開けて頭上の幻想的な光景に見入っていた。

 太陽光マナ変換陣から得られた無尽蔵のマナを惜しげもなく使い、光と水と風の精霊を完璧に制御して作り上げた、私にしか展開できない超巨大なイリュージョン・シアター。


「このイリュージョンは、季節や時間帯によってプログラムが変化します。夜には満天の星空とオーロラが展開され、地下の『宝探しダンジョン』と連動した謎解きイベントのヒントが空中に浮かび上がる仕掛けになっています。ただ買い物をする場所ではなく、このモールに『来る』こと自体が、最高の体験となるのです!」


 私の解説に、皇帝陛下はとうとう耐えきれず、子供のように目を輝かせて拍手を送り始めた。


「素晴らしい! ローゼンバーグ、いや、アリスよ! お前は真の天才だ!! この施設は帝国の誇りとなる! すぐに近隣諸国の王族たちを招いての視察外交を組むぞ! このシーサイド・ガルドを、大陸随一の観光拠点とするのだ!!」


 割れんばかりの拍手と歓声が、モールの広場に響き渡る。

 無人店舗の衝撃と、圧倒的なエンターテインメント。二つの矢は、帝国の頂点に立つ男たちの心を完璧に射抜いたのだ。


 ◆◆◆


 熱狂に包まれたグランドオープンの式典が一段落し、貴族たちがルミアの案内で地下の『宝探しダンジョン』へ遊びに行った(ガラクタ掘りに夢中になる大臣たちの姿は傑作だった)後のこと。


 私はモールの最上階、関係者以外立ち入り禁止のバルコニーで、海から吹く心地よい風に吹かれていた。


「大成功……だったわね」

 眼下に見える、美しく生まれ変わった街と、モールに吸い込まれていく無数の観光客たちを眺めながら、私は深く息を吐き出した。

 徹夜続きの疲労はあったが、それ以上のとてつもない達成感が胸を満たしている。


「ああ。君はまた一つ、世界を美しく作り変えたな、アリス」


 背後から静かな足音が近づき、私の隣に漆黒の軍服が並んだ。

 ユリウス大公だ。彼は手すりに寄りかかり、私と同じ景色を見つめている。


「ユリウス様……。全部、貴方が私を信じて、莫大な投資をしてくれたおかげです。私一人じゃ、こんな巨大な魔法陣を敷き詰めることなんて絶対に無理でしたから」

「謙遜するな。私はあくまで『箱』と『金』を用意しただけだ。そこに命を吹き込み、人々の常識を破壊したのは、紛れもなく君の頭脳と情熱だ」


 ユリウスはアメジストの瞳を細め、私の方を向いた。


「アリス。皇帝陛下が君を帝国の筆頭魔導技師として王宮に囲い込もうと画策し始めている。……だが、私はそれを全力で阻止するつもりだ」

「えっ?」


「君は『魔導商会A&L』の技術責任者であり……私のものだ。誰の干渉も受けず、自由に、君の狂った理論をこの世界にぶつけ続ければいい。そのために発生するあらゆる障壁は、私が全て叩き潰してやる。……だから君は、ずっと私のそばで、その笑顔を見せてくれればいい」


 ユリウスはそう言って、海風で乱れた私の髪を、長くて冷たい指先でそっと耳に掛けた。

 彼の言葉は、投資家としての独占欲を超え、一人の男としての強烈な執着と甘い愛情に満ちていた。


「ユ、ユリウス様……っ。それ、心臓に悪いので反則です……」

 私は顔から火が出そうになり、思わず両手で顔を覆った。


「事実を口にしたまでだ。……さて、モールは完成した。次は何を作る気だ? どんな狂った計画でも、私が叶えてやろう」

 ユリウスが優しく、そして底知れない熱を帯びた声で囁く。


「つ、次は……! そうですね、この無人店舗のシステムを応用して、馬車から降りずに買い物ができる『ドライブスルー型・魔導ファストフード店』なんてどうですか!? 厨房の自動化も組み込んで!」

「ほう。また帝国の飲食業界の常識が破壊されそうだな。ルミアが聞いたら喜んで事業計画書を書くことだろう」


 私とユリウスは、バルコニーで並んで笑い合った。

 ここには、私の才能を「ガラクタ」と嘲笑う無能な男はいない。私のすべてを愛し、肯定し、無限の力を与えてくれる最高のパトロンがいる。


 ◆◆◆


 ――その頃、はるか遠く、王国・王都の財務省。


「だ、誰か! この金庫の扉を開けられる魔導師はおらんのかぁぁぁ!!」


 財務大臣が、巨大なミスリル製の金庫の扉の前で頭を抱えて絶叫していた。

 王国の国庫を管理するその金庫。しかし、その扉には複雑怪奇な幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、ピクリとも開く気配がない。


「も、申し訳ございません! この防犯魔法陣を構築したのはアリス様です! パスワードの書き換えは、彼女が承認した『ルミア元聖女』の魔力波長と声帯認証がなければ、絶対に不可能な構造になっておりまして……!!」

「馬鹿な!! 国庫の金が一切引き出せないだと!? これでは、隣国から小麦を輸入することも、騎士団に給金を払うこともできんではないか!!」


 そう、ルミアは亡命する直前、王国のすべての資金繰りを「物理的」に凍結していくという、えげつない置き土産を残していたのだ。アリスの絶対に破れない魔法陣のロックをかけて。


「アリス……! ルミア……! おのれ、おのれぇぇぇ!!」


 資金が完全にショートし、国家の機能が物理的に停止する。

 それは、ギルバート元王子を筆頭とした無能な王族たちが迎える、完全なる「ゲームオーバー」の瞬間であった。


 王国の滅亡が確定した一方で、私とルミア、そしてユリウスの三人による『魔導商会A&L』の快進撃は、まだ始まったばかり。

 世界経済を牛耳る最強のビジネスファンタジーは、次なる野望に向けてさらに加速していくのだった。


(第7話 終わり)

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