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第5話:中途半端で薄汚れた海沿いの街を、帝国一美しいリゾート商業施設に大改造する計画

 帝都から南へ、魔導乗合車を走らせること約二時間。

 私たち『魔導商会A&L』の視察チームは、潮騒の香りが漂う海沿いの地方都市『シーサイド・ガルド』へと到着していた。


「……なるほど。地図上の立地は最高だけど、実際に来てみると凄まじい現状ね」


 魔導車の窓から外を眺めながら、ルミアが忌々しげに舌打ちをした。

 彼女の視線の先にあるのは、かつての活気を完全に失った、中途半端に寂れた田舎町の風景だった。


 海沿いという素晴らしいロケーションでありながら、道端には風で飛ばされてきたゴミが散乱し、建物の壁は潮風で塗装が剥げ落ちている。すれ違う住民たちの顔には活気がなく、皆一様に伏し目がちで、とぼとぼと歩いていた。

 良く言えば長閑のどか、悪く言えば『すべてにおいて中途半端で、薄汚れた街』。それがこの街の第一印象だった。


「そして、あれが今回の私たちのメインターゲットよ」


 ルミアが指差した先。

 街の外れ、美しい海岸線を無駄に塞ぐようにして建っている、異様なほど巨大な建造物があった。

 それが、かつて帝国の貴族が莫大な国費を投じて建設し、そして見事に大失敗した負の遺産――『巨大廃商業施設オーシャン・モール』だった。


「うわぁ……でっかい! 王国の王城より面積が広いんじゃない!?」

 私は魔導車から降り立つなり、ポカンと口を開けてその巨大な廃墟を見上げた。


 四階建ての広大な建造物は、かつては白亜の宮殿のように美しかったのだろう。しかし今は、外壁のあちこちにひびが入り、巨大なガラス窓は割れたまま放置され、入り口の立派なアーチにはツタが絡まっている。

 駐車場として整備されたはずの広大なレンガ敷きの広場は、雑草が背丈ほどまで生い茂り、完全に荒れ果てていた。


「ルミア、どうしてこんなに立派な施設が、ここまで見事に寂れちゃったの? 建物の構造自体は、基礎魔法陣もしっかりしてるし、かなり頑丈に作られてるわよ?」

 私は職業柄、建物の魔力耐性をついチェックしてしまう。ハード面は決して悪くない。むしろ過剰なほどお金がかかっている。


「アリス、ビジネスが失敗する最大の理由は『コンセプトの不在』と『顧客導線の無視』よ」

 ルミアはバインダーを抱え、ヒールの音を響かせながらモールの正面入り口へと歩き出した。


「このモールを作ったお偉いさんはね、『とにかくデカくて高級な店をたくさん詰め込めば、客は勝手に来るだろう』という、素人丸出しの甘い考えでここを設計したのよ。その結果どうなったか?」


 ルミアは蜘蛛の巣の張った案内板を指差した。


「一階には高級宝石店、二階には庶民向けの八百屋、三階には貴族用のドレスサロン……。ターゲット層が完全にバラバラなのよ。貴族は庶民とすれ違うのを嫌がって来なくなり、庶民は入り口の高級店の敷居が高すぎて入れなくなった。まさに『誰の心にも刺さらない、誰にとっても中途半端な場所』になったの。それに加えて、駅からモールまでの直通の馬車ルートすら整備しなかった。誰がこんな不便な場所で、わざわざ重い荷物を持って買い物をするの?」


 ルミアの辛辣すぎる、しかし的確な分析に、私は深く頷いた。

 確かに、魔法陣の設計でも同じだ。火属性と水属性の回路を無計画に混ぜ合わせれば、反発して大爆発を起こす。ビジネスも、明確な『軸』がなければ自滅するのだ。


「でも、ルミア社長。この絶望的な空き箱を、どうやって再生させるの? いくら私たちがポーション販売機で儲けたからって、普通のお店を誘致するだけじゃ、また同じことの繰り返しになるわよ?」


「ええ、その通りよ。だからこそ、私たちがここで展開するのは『単なる買い物』じゃない。ここに来ること自体が目的になる、『究極のエンターテインメント空間』よ」


 ルミアの瞳に、野心の炎がメラメラと燃え上がった。


「いい、アリス。まず、この広大な施設を維持するための莫大な『光熱費』と『人件費』。この二つの固定費が、かつての経営者を殺したわ。だから、私たちはこれを貴女の技術で『ゼロ』にするのよ」

「光熱費と人件費をゼロに……?」


「そうよ。貴女がポーション販売機で使った『多重螺旋式・マナ吸着陣(太陽光マナ変換陣)』。あれを、このモールの広大な屋根の全面に敷き詰めることは可能?」

「!!」


 私の脳内に、強烈な閃きが走った。

 販売機の小さな屋根ではなく、この巨大なモールの屋根全体を、一つの巨大なマナ変換炉にしてしまうという発想。


「できる……! 太陽光だけじゃないわ、この海沿いの強い潮風(風魔力)と、波の音(水属性の振動魔力)も複合的に変換陣に組み込めば、このモール自体が超巨大な『永久魔力発電所』になる! 施設内の照明、空調、ギミックの動力、すべてを賄ってもまだ余りある莫大なマナが生み出せるわ!」

「最高よ! これで第一の課題、維持費の問題はクリアね」


 ルミアはニヤリと笑い、さらに畳み掛ける。


「次は人件費よ。アリス、貴女は以前『無人魔導コンビニエンスストア』という構想を語っていたわよね? 店員が一人もいなくても、客が商品を持っただけで自動で会計が済む魔法の店舗」

「ええ! モールの各所に、私の空間魔法と認識魔法を組み合わせた『完全無人の魔導店舗』を設置するのね! 飲料や軽食、日用品などの利益率が低くて手間がかかる商品は、すべて機械と魔法に任せて無人化する。そうすれば、深夜でも早朝でも、人件費ゼロで店を回せるわ!」


「その通り! そして、無人化で浮いた莫大な予算と人的リソースを、すべて『最高の接客とエンタメ体験』に全振りするのよ!」

 ルミアはモールの広大な吹き抜けの中央広場を指差した。


「中央広場には、アリスの光魔術を駆使した巨大なイリュージョン・シアターを作るわ! 廃業した商人から買い叩いた型落ちの魔導具は、すべて『古代遺跡の宝探しゲーム』の景品としてダンジョン風に改装したエリアに配置する! 単なる買い物客じゃない、『ここでしか味わえないワクワク』を求める観光客を、帝国中から呼び込むのよ!!」


 ルミアの口から次々と飛び出す常識外れの事業計画に、私の魔力回路は歓喜の悲鳴を上げていた。

 なんてスケールの大きな実験ビジネスだろう。

 ただの荒れ果てた廃墟が、私の魔法陣とルミアの計算式によって、誰も見たことがない夢の空間へと変貌していく姿が、ありありと目に浮かんだ。


「やるわ、ルミア! 私、今日から徹夜でこのモールの全フロアの魔力配線図を引き直す! 最高のギミックを仕掛けて、帝国中の度肝を抜いてやるんだから!」

「頼もしいわね、CTO。でも、その前に……もう一つ、解決しなきゃいけない『根本的な問題』があるの」


 ルミアはクルリと振り返り、モールから見える『シーサイド・ガルド』の街並みを指差した。


「街よ。この街全体に漂う、あの『中途半端で薄汚れた空気』。あれをどうにかしない限り、いくらモールの中だけを綺麗にしても、超一流の客は寄り付かないわ。道端にゴミが落ちているような街にあるリゾートなんて、三流以下の価値しかないもの」

「確かに……。でも、街の清掃や意識改革なんて、商会の一企業が口出しできることじゃないわよ? 領主の仕事じゃないの?」


「だから、私たちが『強制的』にやるのよ。環境が人の心を作るの。街が美しくなれば、住民の心にも余裕と活気が生まれる。アリス、貴女の魔法で、この薄汚れた街を『帝国一美しい田舎町』に大掃除することはできない?」


 無茶振りもいいところだ。街一つを魔法で丸洗いしろと言っているのだから。

 しかし、私は『魔導商会A&L』の最高技術責任者だ。この程度のパズル、解けなくて何が天才か。


「……できるわ」

 私は地面に落ちていた木の枝を拾い、砂だらけの広場に複雑な魔法陣の数式をガリガリと書き殴り始めた。


「さっきの『モールの屋根全体を使った巨大発電』。あそこで生み出した莫大な余剰マナを、モールの地下水脈を通じて街全体に循環させるの。そして、街の四隅に『超広域・浄化の水陣クリーン・スプラッシュ』と『癒やしのそよヒール・ブリーズ』の発生器を設置する」


 数式が組み上がり、私の脳内に完璧なシステムが構築されていく。


「毎日、夜明け前の人がいない時間帯に、街全体に『浄化の霧』を降らせるのよ。ただの雨じゃない、ホコリやゴミ、嫌な匂いだけを分解する特殊なマナの霧。そして朝一番に、潮風のベタつきを消し去る爽やかな風を吹き抜けさせる。これを一週間も続ければ、この街の道は白亜のように輝き、空気は高級リゾートのそれに変わるわ! 文字通り、帝国一美しい、チリ一つない海沿いの街の誕生よ!」


「素晴らしいわ、アリス! それでこそ私の最高のパートナーよ! つまり、このモール自体が、街全体を清浄に保つための『巨大な心臓』として機能するわけね!」


 ルミアと私は、ハイタッチを交わして歓声を上げた。

 その時だった。


「――相変わらず、君たちの頭の中は常識という概念が欠落しているようだな」


 背後から、不意にその声が降ってきた。

 バサバサという巨大な羽ばたきの音と共に、モールの荒れた広場に、漆黒の巨大な飛竜が舞い降りた。

 その背から、風魔法で優雅に飛び降りてきたのは、漆黒の軍服に身を包んだ『影の皇帝』――ユリウス・フォン・ヴァルハイト大公だった。


「ユ、ユリウス様!?」

「大公閣下! わざわざ帝都からこのような辺境まで、単独でいらっしゃったのですか!?」


 驚くルミアをよそに、ユリウス大公はスタスタと私たちのもとへ歩み寄り、私が砂地に書き殴った魔法陣の数式を見下ろした。

 彼のアメジストの瞳が、数式を読み解くように細められる。


「……驚いたな。街全体を一つの魔力回路サーキットと見立てて、商業施設をその動力炉にするとは。既存の都市計画の概念を根底から覆す理論だ。だが、この水脈を利用したマナの循環式……水圧の計算が少し甘いな。これでは街の北側で浄化の霧が薄くなる」

「あっ! ほんとだ! 北側は標高が少し高いから、水属性マナの押し上げにブースター回路を噛ませないといけないですね! ユリウス様、ありがとうございます!」


 私は即座に木の枝で数式を修正した。

 ユリウスはふっと口角を上げ、私の頭にポンと軽く手を置いた。


「相変わらず、吸収が早いな。君の脳細胞は、私に投資のしがいを感じさせてくれる」

「あ、ありがとうございます……っ」


 彼の大きく、少しひんやりとした手袋の感触に、私は顔がカッと熱くなるのを感じた。

 冷徹無比なはずの彼の瞳が、私に向かってだけは、どこか甘く、保護者のような、いや、それ以上の強い熱を帯びているように錯覚してしまう。


「(……はいはい、ごちそうさま。相変わらずイチャイチャしてて何よりだわ)」

 ルミアが呆れたように小さく呟いたのを、私は全力で聞こえないふりをした。


 ユリウス大公は私から手を離すと、ルミアの方へ向き直り、本来の冷徹な投資家の顔に戻った。


「ルミア。君が提案した『街の環境美化が、最高級の客を呼ぶ』という理論。いわゆる『割れ窓理論』の逆を行く発想、極めて合理的だ。街が汚れていれば人は犯罪や怠惰に傾き、街が美しければ人は規律と活気を取り戻す。このシーサイド・ガルドの街を再生することは、帝国の地方創生の最重要モデルケースになるだろう」

「はい! 全ては計算通りですわ、ユリウス様」


「この巨大廃商業施設の買い上げ交渉は、昨日、私が裏から手を回してすでに完了させておいた。今この瞬間から、この施設と広大な土地は、君たち『魔導商会A&L』の完全な所有物だ」


 ユリウス大公の言葉に、私とルミアは息を呑んだ。

 昨日今日で、これほど巨大な施設の権利関係をすべてクリアにするなど、通常なら数ヶ月から数年はかかる。それを一晩でやってのける圧倒的な権力と実行力。これが、最強のパトロンの力。


「資金の心配はいらない。第一期工事の予算として、君たちの口座に五千万ゴールド(国家予算の約一割)を振り込んでおいた。足りなければいつでも言え。ただし……」


 ユリウスは再び私を見つめ、静かに、しかし絶対的な重圧を伴って告げた。


「アリス。私が求めているのは『そこそこの成功』ではない。私の莫大な投資に見合う、誰も見たことがないような『常識を破壊する魔法』だ。私を、君の技術で完璧に退屈から救い出してみせろ。……できるな?」


 それは、投資家からのプレッシャーなどではない。

 私という人間の知性と狂気を、心の底から信頼し、期待し、そして愛求してくれている男からの、最高のラブレターだった。


「当然です!!」


 私は胸を張り、太陽よりも眩しい自信満々の笑顔で彼を見つめ返した。


「私とルミアの力で、この薄汚れた街を、帝国で一番美しく、最も活気に満ちた最高の場所に変えてみせます! ユリウス様が『参りました』って言うくらい、度肝を抜くエンターテインメントを作ってあげますから、特等席で見ていてください!」


「……ああ。楽しみにしている」

 ユリウスは、隠しきれない独占欲と愛情を滲ませた笑みを浮かべ、深く頷いた。


 ◆◆◆


 ――その頃、はるか遠く、王国・王都の商業ギルド本部。


「な、なんだと!? ポーションの売上が……昨晩から八割減だと!?」

 王国の筆頭商会の会長が、報告書を握りしめて泡を吹いていた。


「は、はい……! 国境沿いの街から、謎の『全自動ポーション販売機』なるものが大量に設置されたとの報告が……。しかも、我々の販売価格の半額で、純度も比べ物にならないほど高く……深夜でも購入できるため、冒険者や騎士団の需要を完全に根こそぎ奪われております!!」

「ば、馬鹿な! 人件費はどうなっている!? 夜通し店を開けて、なぜ半額で売れるのだ!? 魔法陣の魔石のコストだけでも赤字になるはずだろうが!!」


「そ、それが……その販売機の屋根には、見たこともない『太陽光を直接マナに変換する魔法陣』が刻まれており、動力費がゼロとのことで……。しかも、硬貨を入れた瞬間、空間魔法で直接どこかの金庫に転送されているらしく、強盗に入っても小銭一枚盗めないという鉄壁の仕様で……!」


「……ッ!? 太陽光マナ変換だと!? 空間魔法の自動集金!? そ、そんな常識外れの技術、世界中のどこを探したって、あのアリス・フォン・ローゼンバーグ令嬢の狂った頭脳からしか生まれないはずだ!!」


 会長はガクンと膝をつき、絶望の表情で天を仰いだ。


「ああ……国庫を横領した聖女と、世界最高の技術を持った令嬢を、同時に敵に回してしまった……! 我が王国は……完全に終わった……!!」


 無能な王族の愚かな決断が、国そのものの経済を物理的に崩壊させるまでのカウントダウンは、すでに最終局面へと突入していた。


 しかし、そんな祖国の悲鳴など、今の私とルミアには全く関係のないことだ。

 私たちの目の前には、これから帝国一美しく生まれ変わるキャンバス――巨大廃商業施設が広がっているのだから。


「さあ、アリス! 帝国最高の建築ギルドと魔導技師たちを総動員して、明日から怒涛のリノベーション工事の始まりよ!!」

「ええ! 私の魔法陣で、世界をぶっ壊して(再構築して)やるわ!!」


 中途半端な田舎町が、世界最高のエンターテインメント都市へと変貌を遂げる。

 歴史に残る大工事が、今、高らかに幕を開けた。


(第5話 終わり)

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