第4話:世界一ホワイトな飛竜便と、チャリンチャリンと鳴る黄金の雨
技術立国ヴァルハイト帝国の首都に隣接する、広大な敷地。
そこには昨日まで空き地だったはずの場所に、一夜にして巨大な城のような施設が建造されていた。
「ああっ……! 素晴らしいわ! 最高純度のミスリル製フラスコに、竜の心臓の粉末! さらには王国の研究所では十年申請しても降りなかった『超高圧マナ圧縮炉』が、三台も並んでるなんて!!」
新設された『魔導商会A&L』の専用研究室。
私は油汚れ一つないピカピカの大理石の床に這いつくばり、ユリウス大公が「当座の備品だ」と言って用意してくれた最高級の実験機材の数々に頬ずりしていた。
「見てルミア! この壁! 耐爆結界が十層も重ね掛けされてるのよ! これなら徹夜で試作爆弾を爆発させても、近所迷惑にならないわ!」
「アリス、お願いだから初日から新社屋を吹き飛ばすような真似はしないでね。減価償却の計算が狂うから」
隣の豪奢なCEO専用執務室から、呆れたようなルミアの声が響く。
彼女は巨大なマホガニー製のデスクに優雅に足を組み、片眼鏡をかけて書類の山にサインを連発していた。彼女の着ているタイトなスーツは、最高級のシルクと魔力糸で編まれた特注品だ。
ユリウス大公とのあの『独占契約』から一週間。
大公は一切の出し惜しみをしなかった。圧倒的な資金力と政治力で、瞬く間に我が『魔導商会A&L』の登記を完了させ、この巨大な拠点と、無尽蔵の研究予算を与えてくれたのだ。
「ふふふ……これよ、これ。私が求めていたのは、無限の資金力と権力という名の暴力」
ルミアは羽ペンを置き、立ち上がって執務室の窓から外を見下ろした。
「アリス、貴女が設計した『自然魔力駆動型・全自動販売機』の初号機から第百号機までの量産、帝国全土の提携工場で予定通り完了したわ。筐体には全て、貴女の指定した『多重螺旋式・マナ吸着陣』と『空間転送魔法(集金用)』が刻印されているわよ」
「完璧ね! で、中に入れるポーションの仕入れと、各都市への設置・補充ルートはどうするの? 百台となると、馬車じゃとても追いつかないわよ?」
「誰が馬車なんて時代遅れの輸送手段を使うって言ったの?」
ルミアがパチンと指を鳴らした。
その瞬間、研究室の外――広大な中庭の方から、凄まじい風圧と羽ばたきの音が聞こえてきた。
「えっ!?」
私が窓から身を乗り出すと、そこには信じられない光景が広がっていた。
五頭の巨大な飛竜が、中庭に整然と着陸したのだ。
その背に跨っているのは、どこかで見たことのある顔ぶれ。そう、私たちが隣国に亡命する際、国境でルミアの『圧倒的な条件提示』によって寝返った、あの元・王属飛竜騎士団の面々だった。
「お疲れ様です、ルミア社長!! 本日の第一便、帝国北部の錬金ギルドからのポーション五千本、無事に空輸完了いたしました!!」
隊長のガウェインが、飛竜から飛び降りてビシッと完璧な敬礼を決める。
彼らが着ているのは、王国の古臭い鎧ではない。動きやすさを重視した、スタイリッシュな黒と金の『A&L商会・航空物流部門』の専用ユニフォームだ。胸には誇らしげに社章が輝いている。
「ご苦労様、ガウェイン航空輸送部長。皆、顔色が良いわね」
「はい! 社長のおかげで、私の裏カジノの借金は全額一括返済され、妻からの離婚要求も撤回されました! さらに完全週休二日制、残業代全額支給、深夜のフライトには特別手当までつくという、この夢のようなホワイト労働環境! 騎士団時代は週に三日しか家に帰れなかった部下たちも、今では毎日家族と夕食を囲んで泣いて喜んでおります!」
「俺たち、一生A&L商会についていきます!! ルミア社長万歳!!」
飛竜の傍らで、屈強な元騎士たちが感極まって男泣きしていた。
飛竜たちも、以前のブラックな酷使から解放され、栄養満点の最高級の肉を与えられているためか、毛並み(鱗並み)がツヤツヤに輝いている。
「これが私の構築した『空の独占物流網』よ。馬車で何日もかかる道のりを、飛竜なら数時間で結べる。鮮度が命の回復薬も、常に最高の状態で各販売機に補充できるというわけ。これで帝国の旧態依然とした流通ギルドは、完全に息の根が止まるわ」
ルミアは冷酷な笑みを浮かべ、紅茶を一口飲んだ。
……怖い。この女、忠誠心という不確かなものを、金と圧倒的な福利厚生で完全に物理的に縛り付けている。
王国のギルバート殿下が、精神論だけで彼らをこき使っていたのとは次元が違う。
「さて、アリス。ハード面と物流網は整ったわ。あとは貴女が組み込んだ『集金用の空間転送魔法陣』の最終テストだけよ。本当に、百台の販売機から自動でこの本社の金庫にお金が転送されてくるのよね?」
「もちろんよ。ただ、空間魔法の座標設定は極めて繊細なの。一ミリでもズレると、硬貨が異次元に消えちゃうから、今から数式を微調整しないと――」
「――その数式だが、三点目の座標軸に微小な歪みがあるぞ。大気中のマナの濃度変化を計算に入れていないな」
ふいに、背後から冷たくも心地よい、あの低い声が響いた。
振り返ると、いつの間にか研究室の入り口に、漆黒の軍服を纏った『影の皇帝』ユリウス大公が立っていた。
彼の手には、何やら高級そうな紙袋が提げられている。
「ユリウス様!」
「大公閣下、わざわざ視察にいらっしゃるとは」
ルミアが恭しく頭を下げるが、ユリウスは軽く片手を上げてそれを制し、真っ直ぐに私の作業台へと歩み寄ってきた。
「アリス、空間魔法というのは星の自転とマナの潮流の影響を常に受ける。君の組んだこの式だと、新月の夜に転送エラーが起きる確率が三パーセント上昇する。ここを変数に置き換えろ」
「あっ……! 本当だ! 惑星の引力係数がすっぽり抜けてた! ユリウス様、すごい! なんでパッと見ただけでこの複雑な十二重魔法陣のバグに気づくんですか!?」
私は純粋な尊敬の念を込めて彼を見上げた。
ユリウスの氷のようなアメジストの瞳が、少しだけ和らいだように見えた。
「私は合理性を愛しているからな。無駄なエラーで君の完璧な発明品に傷がつくのは見過ごせない。……それと、これを」
彼は持っていた紙袋を、私の作業台の上にコトンと置いた。
「なにこれ?」
「帝都で一番予約が取れないと言われている、老舗のフルーツタルトだ。君は研究に没頭すると、三日三晩食事を摂るのを忘れるとルミアから報告を受けている。糖分が足りないと、脳細胞の活動効率が落ちるぞ」
「……私のために、わざわざ並んで買ってきてくれたんですか?」
「部下に並ばせた。……だが、君が嬉しそうに食べる顔を見るのは、投資家としてのささやかな対価だと思っている」
ユリウスはそう言って、煤で汚れていた私の頬を、長くて美しい指先でそっと拭った。
ヒヤリとした彼の手袋の感触と、それに反するような微かな体温。
心臓がドクンと鳴り、私は思わず顔を赤らめて視線を逸らした。
「あ、ありがとう、ございます……! タルト、後で絶対に食べます! 脳細胞をフル回転させて、エラーも完璧に修正しますから!」
「ああ、期待している。君の技術で、この帝国の夜明けを見せてくれ」
彼が軽く微笑むのを見て、私は自分の魔力回路がショートしそうになるのを感じた。
ダメだ、このパトロン、顔が良いだけじゃなくて、私の研究者としての矜持を完璧に理解し、甘やかしてくる。ギルバートのような中身のない男とは、存在の格が違いすぎる。
「(……ちょっと、アリス。顔が完全に恋する乙女になってるわよ。チョロすぎない?)」
ルミアが背後から小声でツッコミを入れてきたが、私は無視してタルトを頬張りながら、猛烈な勢いで魔法陣の修正作業に取り掛かった。
◆◆◆
その日の夜中。
帝国の首都を始めとする主要都市の路地裏や大通りに設置された『全自動販売機』は、歴史的な稼働の時を迎えていた。
午前二時。ガルド都市の裏路地。
一人の若い冒険者が、肩から血を流しながら重い足取りで歩いていた。
「くそっ……ゴブリンの群れに不意打ちされるなんて……。もうこの時間じゃ、どのポーション屋も閉まってる……治癒院に行く金もないし、朝まで持つか……?」
絶望的な思いで壁に手をついた彼だが、ふと、薄暗い路地の先が青白く光っていることに気づいた。
フラフラと近づいてみると、そこには見慣れない四角い金属の箱が置かれていた。
箱の上部にある水晶板からは、柔らかな光と共に、信じられないほど心地よい『癒やしの微風』が吹き出している。その風を浴びただけで、冒険者の呼吸が少し楽になった。
「なんだ、これは……? 『A&L商会・全自動ポーション販売機』……?」
箱の正面にはガラスのショーケースがあり、中には高品質な下級〜中級ポーションが、適度な冷気に包まれてズラリと並んでいた。しかも、その値段は相場の約半額だ。
「金貨を入れて、ボタンを押す……?」
冒険者は半信半疑で、血のついた手で財布から銀貨と銅貨を取り出し、投入口に入れた。そして、中級ポーションのボタンを押す。
ガコンッ!
心地よい機械音と共に、取り出し口に冷たく冷やされたポーションが転がり出てきた。
「ほ、本当に買えた……! しかもこの時間帯に、こんな高品質なものが……!」
彼は震える手でポーションの栓を開け、一気に飲み干した。
途端に傷口が塞がり、失われた体力が急速に回復していく。完全な正規品。いや、市販のものよりもマナの純度が高い。
「助かった……! ありがとう、A&L商会……! ありがとう、名も知らぬ天才発明家……!」
冒険者は販売機に向かって深く頭を下げ、涙を流して感謝した。
同じ頃、帝国の至る所で、深夜の警備兵、夜勤の労働者、酔っぱらいの貴族までもが、この魔法の箱の恩恵に預かり、硬貨を投入し続けていた。
◆◆◆
「キタキタキタキタァァァァァァ!!!!」
A&L商会本社の地下金庫室。
ルミアの狂気じみた歓喜の絶叫が、防音壁を貫通して響き渡っていた。
「ルミア! 大丈夫!? 空間転送魔法、バグってない!?」
私が慌てて金庫室に駆け込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
天井に設置された巨大な魔法陣から、滝のような勢いで硬貨の雨が降り注いでいたのだ。
チャリン、ジャラジャラジャラジャラッ!!!
銅貨、銀貨、そして時折混じる金貨。それが文字通り『黄金の雨』となって、広大な金庫の床を瞬く間に埋め尽くしていく。
「あはははは! 見なさいアリス! これが不労所得! これが世界を支配するインフラ事業の威力よ!!」
ルミアは降り注ぐ硬貨の雨を全身に浴びながら、両手を広げて高笑いしている。完全に金の亡者(CEO)の顔だ。
「各都市に設置した百台の販売機からの売上が、一秒の遅延もなくこの金庫に直接転送されてきているわ! 人件費ゼロ、店舗の家賃ゼロ、防犯リスクゼロ! 空間魔法の座標も完璧よアリス!」
「よかった! ユリウス様に助言をもらったおかげね!」
「計算通り……いや、計算以上のペースよ! 帝国のポーション市場の深夜帯シェアを、たった一晩で我が社が百パーセント独占したわ! 既存の商人ギルドの連中は、明日の朝起きたら、自分たちの売上が消滅していることに気づいて泡を吹いて倒れるでしょうね!!」
ザマァみろ、とルミアは硬貨の山にダイブした。
彼女の目論見通り、この自動販売機は人々の生活に革命を起こした。そして同時に、旧態依然とした商売に胡座をかいていた者たちに、圧倒的な技術と資本の暴力を見せつける結果となったのだ。
「さて、アリス。第一フェーズは完璧に成功したわ。次はいよいよ、あの大規模プロジェクトよ」
ルミアは硬貨の山から這い上がると、壁に貼られた帝国の広域地図を指差した。
彼女の指先が止まったのは、帝都から少し離れた、海沿いの地方区画だった。
「海沿いの街にある、あの『巨大廃商業施設』の再生ね」
「そうよ。あそこは昔、貴族の道楽で作られたはいいものの、アクセスが悪く中途半端なテナントしか入らなかったせいで、今ではテナントの八割が撤退してしまった巨大な空き箱……いわば、寂れて薄汚れた巨大モールよ。海沿いの素晴らしい立地なのに、活気もなく、ただ朽ち果てていくのを待つだけの半端な施設になっているわ」
ルミアは地図をバンッと叩き、不敵な笑みを浮かべた。
「でも、私たちの手にかかれば違う。アリス、貴女の魔導技術による最高のエンターテインメント・ギミックと、私の集客戦略で、あの薄汚れた廃墟を完璧にリノベーションするのよ。そして、寂れきったあの海沿いの田舎町周辺を、帝国で一番美しく、最も経済的に豊かな『世界一の観光都市』へと変貌させてやるわ!」
「田舎町を、世界一美しく豊かな街に……!」
その途方もないスケールの目標に、私の心臓が高鳴った。
ただの金儲けじゃない。見捨てられた場所を、自分の技術で根本から作り直し、人々の笑顔と活気で溢れる最高の場所に生まれ変わらせる。
それは、研究室にこもって数式をいじっているだけでは決して味わえない、極上のクリエイティブな挑戦だった。
「やりましょう、ルミア社長! 私の持てる全ての魔導ギミックを注ぎ込んで、誰も見たことがない夢の空間を作ってあげる! 隠し扉、魔力アスレチック、光のイリュージョンショー……全部実現させてみせるわ!」
「ええ、期待しているわよ、我が社の最高技術責任者(CTO)。さあ、明日から徹夜よ! ユリウス様からの資金は無限にあるんだから、最高に狂った設計図を描いてちょうだい!」
こうして、私たちは次の標的である『海沿いの巨大モールの完全再生』に向けて動き出した。
無限の予算、最強のパトロン、無敵の頭脳、そして冷徹な経営手腕。
無能な王子に捨てられた令嬢と聖女が、世界を美しく塗り替える快進撃は、まだ始まったばかりだった。
(第4話 終わり)




