第21話:魔導アバター(Vチューバー)による文化侵略と、百億ゴールドの赤スパを投げる影の皇帝
「……経済と物流、そして軍事力の圧倒的な支配。クシャーン黄金帝国の買収によって、東の大陸は完全に私たちの掌の上に落ちたわ」
超巨大・魔導豪華客船『A&Lグランド・リヴァイアサン』の最上階、CEO執務室。
ルミアは、ヒマ端末から空中に投影された世界地図を見上げながら、最高級のワイングラスを優雅に揺らしていた。
地図上には、私たちがこれまでに『ヒマ端末』と『A&Lペイ』のネットワークを敷き詰めた地域が青く光っている。旧ローゼンバーグ王国、ヴァルハイト帝国、南の群島国家、そして東のクシャーン帝国。すでに大陸の半分以上が、魔導商会A&Lの経済圏に飲み込まれていた。
「でもね、アリス。人間というのは愚かな生き物よ。どれだけ便利なインフラを与えられ、圧倒的な武力で脅されても、心のどこかに『反発心』という非合理な感情を残すものだわ」
「反発心? でも、みんなA&Lペイなしじゃ生活できない体になってるじゃない」
私が空間転送で取り寄せた新作のショートケーキを頬張りながら首を傾げると、ルミアは美しい顔に冷徹な笑みを浮かべた。
「ええ。物理的な支配は完了しているわ。でも、私たちが次に目指すのは『精神の完全なる支配』……すなわち、『文化侵略』よ」
「文化侵略?」
「そう。人は、暴力や借金で従わされることには反発するけれど、『楽しい娯楽』や『熱狂できるアイドル』には、自ら進んでお金と時間、そして魂を捧げるのよ。……アリス、前回の仮想現実(VR)カジノで導入した『投げ銭』のシステムを覚えているわね?」
「もちろん! 冒険者の戦いを見て、視聴者が直接A&Lペイで応援金を送る機能でしょ?」
「あれを、戦闘ではなく『完全なエンターテインメント』に特化させるのよ。歌、雑談、ゲーム実況……人々が毎日ヒマ端末に噛り付き、宗教のように熱狂し、なけなしの生活費をすべて貢ぎたくなるような『究極の偶像』を創り出すの!!」
ルミアの瞳が、またしても狂気じみた三日月の形に歪んだ。
「でもルミア、本物の人間をアイドルとして育てるには時間がかかるわよ? スキャンダルのリスクもあるし、何より裏切って独立されるかもしれないわ」
「だからこそ、貴女の魔法技術の出番じゃない、CTO」
ルミアの言葉に、私はニヤリと笑い、白衣のポケットから一つの『魔導チョーカー(首輪)』を取り出した。
「ふふん、話が早くて助かるわ。もう完成しているのよ! 誰もが理想の美少女やイケメンになれる、究極の魔導具がね!」
私は執務室の広いスペースに立ち、そのチョーカーを自分の首にカチッと装着した。
「いい、ルミア。このチョーカーには、私が開発した『多重同期式・魔力粒子リアルタイムレンダリング』の魔法陣が刻み込まれているの。装着者の声帯の振動、表情筋の動き、そして手足のモーションを、微弱な魔力波形として完全に読み取るわ」
「……モーションを読み取って、どうするの?」
「こうするのよ! 起動、『A&Lホロ・アバターシステム』!!」
私がチョーカーに魔力を流し込んだ瞬間。
ポンッ!という軽快な音と共に、私を包み込むように青白い光の粒子が展開された。
光は一瞬にして実体を形成し、私の姿を『銀髪にネコミミを生やし、フリフリのアイドル衣装を着た絶世の美少女』へと完全に上書きしたのだ。
「なっ……!? アリス、貴女の姿が……!」
「にゃーん! どうかしら、ルミア社長! 私の動きと声に合わせて、このアバターが全く遅延なしで動くのよ!」
私がネコの手のポーズをしてウインクをすると、私を覆っている光の美少女アバターも、全く同じ動きで、しかも三倍増しに可愛らしくウインクをした。
声帯変換魔法も組み込んでいるため、私の声は、プロの歌姫のように甘く透明感のあるアニメ声に変換されている。
「す、凄まじい……! 現実の容姿や年齢、性別すらも完全に隠蔽して、誰もが二次元の完璧なアイドルになれるというの!?」
「そういうこと! ヒマ端末のカメラを通じて、このアバターの姿だけを『A&Lチューブ(動画配信アプリ)』に生放送するのよ。現実のスキャンダルとは無縁! 容姿の衰えもゼロ! まさに永遠のアイドル(Vチューバー)の誕生よ!!」
私の解説を聞いたルミアは、ワナワナと肩を震わせ、ついに腹を抱えて高笑いを上げ始めた。
「あはははは!! えげつない! えげつなすぎるわアリス! これで『中の人』を安月給でこき使いながら、ガワ(アバター)の人気で何十億ゴールドもの投げ銭を稼ぎ出せるわ! もし中の人が逆らったら、アバターの権利ごと取り上げて別の人間にすげ替えればいいだけ! 完全なる奴隷……いえ、最強のエンタメ帝国の完成よ!!」
相変わらず、私の純粋な技術をブラック企業極まりないスキームに変換する天才だ。
ルミアはすかさずヒマ端末を叩き、事業計画書のフォーマットを作成し始めた。
「よし! 今すぐ我が社直属の『魔導バーチャルアイドル・プロダクション』を設立するわ! 初期メンバーのオーディションを……いえ、その前に、このシステムの集金力を実証する必要があるわね」
「テスト配信ね! オッケー、このネコミミアバター(仮名:銀猫のアリシア)で、ちょっとだけ帝国のネットワークにゲリラ生放送を繋いでみるわ!」
私はヒマ端末の『配信開始』ボタンをタップした。
◆◆◆
その頃。帝都の街角やシーサイド・ガルドの酒場では。
『ピロロンッ!』
市民たちが持つすべてのヒマ端末に、一斉に強制プッシュ通知が届いた。
『A&Lチューブ:特別ゲリラライブ配信が開始されました!』
「ん? なんだこの通知。魔導商会の新機能か?」
暇を持て余していた市民や冒険者たちが、次々と画面をタップする。
すると、画面の中に、圧倒的にクオリティの高い『銀髪ネコミミの美少女』が、フリフリの衣装を揺らしながら立っている映像が映し出された。
『あ、あー。テステス。マイク入ってるかにゃ?』
画面の中から聞こえてきた、脳が溶けるほど甘く可愛らしい声。
ヒマ端末の画面を見つめていた数百万人の帝国市民の動きが、その瞬間、完全に停止した。
『やっほー! 初めまして、みんな! 私は銀猫のアリシア! 今日は私の初めての配信を見に来てくれて、本当にありがとうにゃん!』
画面の中の美少女が、完璧なアイドルスマイルでウインクを放つ。
そのあまりの可愛さと、これまでの帝国には存在しなかった『二次元の動く美少女とリアルタイムで交流できる』という衝撃に、視聴者たちの脳内麻薬が爆発した。
「な、なんだこの天使はぁぁぁぁ!!」
「かわえええええ!! 俺たちに向かって話しかけてるぞ!!」
「コメント機能がある! 『アリシアちゃん可愛い!』っと……うおおお! 画面に俺のコメントが流れたぞ!!」
瞬く間に、配信画面の右側にあるコメント欄が、凄まじい勢いで滝のように流れ始めた。
『わぁっ! コメントいっぱいありがとうにゃ! ええと、「どこに住んでるの?」……ふふっ、それは秘密! でも、みんにゃの端末の中にいつでもいるよ!』
アバター越しの私の適当なファンサ(リップサービス)に、帝国市民の熱狂は限界を突破した。
「俺のコメントを読んでくれたぁぁぁ!!」
「課金だ! A&Lペイで投げ銭ができるぞ! アリシアちゃんに俺の想い(ゴールド)を届けろぉぉ!!」
ピコンッ! ピコンッ!
画面上に、色とりどりのエフェクトと共に『千ゴールド』『一万ゴールド』という投げ銭が、雨霰のように飛び交い始めた。
「(……す、すごい。まだ配信開始から三分しか経ってないのに、投げ銭の総額が五千万ゴールドを突破したわ……! 何これ、鉱山を掘るより儲かるじゃない!!)」
カメラの死角で、ルミアがヒマ端末の売上グラフを見ながら泡を吹いて震えていた。
「(でしょ? これが二次元アイドルの破壊力よ!)」
私は内心でドヤ顔をしながら、さらにファンサを続けようとネコの手のポーズを作った。
――その時だった。
バァァァァンッ!!!
CEO執務室の重厚な扉が、爆薬でも仕掛けられたかのように吹き飛び、粉々になって廊下に散乱した。
「ひぃっ!?」
私とルミアが同時に悲鳴を上げる。
濛々と立ち込める土煙の中から姿を現したのは、漆黒の軍服を纏い、文字通り『世界を滅ぼすレベルの極寒の殺気』を全身から撒き散らしている、帝国の影の皇帝――ユリウス・フォン・ヴァルハイト大公であった。
「ユ、ユリウス様!? ドアどうしたんですか!?」
「大公閣下! いくら何でも器物破損がすぎますわよ!」
しかし、ユリウスは私たちの声など全く聞こえていないかのように、アメジストの瞳を限界まで見開いて、血走った目で私(正確には、ホログラムのネコミミ姿の私)を睨みつけていた。
「……アリス」
彼の声は、地底の奥底から響いてくるような、恐ろしく低く、そしてドロドロに煮詰まった独占欲に塗れていた。
「君は……今、数百万の有象無象の羽虫どもに向かって、愛嬌を振りまいているのか?」
「えっ、い、いや、これはただの魔導技術のテスト配信で……! あくまでアバター(ガワ)の姿であって、私本人の顔を出しているわけじゃ……!」
「ガワだろうが何だろうが関係ない!!」
ユリウスが、かつてないほど激昂して叫んだ。
彼はズカズカと私に歩み寄り、私のヒマ端末のカメラを鋭く睨みつけた。
「その声、その仕草、その息遣い……。君の構成要素のすべては、私の完全なる所有物だ。それを、顔も知らない数百万の男どもの脳裏に焼き付けさせるなど、断じて、絶対に、一秒たりとも許容できない!!」
ドゴォォォォンッ!!
ユリウスから放たれた圧倒的な魔力プレッシャーで、執務室の窓ガラスがすべて粉々に砕け散った。
「ゆ、ユリウス様! 落ち着いて! 配信繋がったままですから! 声入っちゃってます!」
私が慌てて止めようとするが、ユリウスの暴走は止まらない。
彼は懐から、彼専用の漆黒のヒマ端末(マスター端末)を取り出すと、親指で猛烈な勢いで画面をタップし始めた。
「君に金(想い)を投げる羽虫どもが鬱陶しいな。……ならば、私がすべての愛を『物理的な数字』で上書きしてやろう」
次の瞬間。
帝国中の数百万人が視聴している、私の配信画面のコメント欄が、突如として『完全にフリーズ』した。
そして、画面全体が、眩いばかりの『真紅のオーラ』に包み込まれたのだ。
『スーパーチャット(赤スパ):10,000,000,000(百億)ゴールド』
『ユーザー名:J』
『メッセージ:【彼女の微笑みも、声も、存在のすべては私だけのものだ。今すぐその薄汚い目を閉じろ、羽虫ども。さもなくば帝国の特務憲兵が貴様らの家を焼き払う】』
「…………は?」
「なっ…………!?」
私とルミアは、画面に表示された『百億ゴールド(国家予算レベル)』という天文学的な数字の赤スパを見て、完全に脳が思考停止した。
配信を見ていた帝国市民たちも、全く同じ状態だっただろう。
百億ゴールド。あまりにも桁が違いすぎて、システムの表示がバグり、他の視聴者の千ゴールドや一万ゴールドの投げ銭が、すべてシステム上から『消し飛んだ(上書きされた)』のだ。
「ユ、ユリウス様!? ひゃ、百億って……貴方、個人の口座からどれだけお金を投げてるんですか!?」
「安心しろ。私個人の裏金だ。国庫には手をつけていない。……さあアリス、これほどの『愛の証明』を見せたのだ。今すぐその忌まわしい配信を切り、私だけの妻に戻れ」
ユリウスは有無を言わさず私の首元のチョーカーに手を伸ばし、バキッ!と力任せに破壊した。
光の粒子が散り、ネコミミのアバターが消え去って、私の元の姿が露わになる。
同時に、ヒマ端末の配信が強制終了し、画面は真っ暗になった。
「あーあ。……まあ、たった五分で百億ゴールド稼げたから、テスト配信としては大成功すぎるわね。手数料の三十億ゴールドは、我が商会の利益としてきっちり計上させてもらうわよ、大公閣下」
ルミアが、呆れを通り越して清々しい笑顔でバインダーに数字を書き込んだ。
「(……ほんと、世界経済を支配するエンタメを作ったと思ったら、一番の廃課金(ガチ恋勢)が身内にいたなんてね)」
ルミアの小言など耳に入っていないユリウスは、私を強引に抱き寄せ、そのまま私の唇を深く塞いだ。
「んっ……ふぁ……っ、ユリウス、さま……っ」
「……アリス。君をこの船の奥底にある金庫室に閉じ込めて、私以外のすべての光から遮断したくなった。……君がこれ以上、世界を魅了する前に」
極上の低音で囁かれる、逃げ場のない独占欲の呪縛。
私は顔から火が出るほどの恥ずかしさと、最強のパトロンの重すぎる愛情の猛攻に、ただ首に腕を回して身を委ねることしかできなかった。
◆◆◆
――その頃。
グランド・リヴァイアサンの地下最下層、魔力自家発電プラント(懲罰房)。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……!!」
「ぎ、ギルバート先輩!! なんですか今日のこの殺人的なペダルの重さはぁぁぁ!!」
巨大な鉄の回し車の中で。
ギルバート元王子とザイード元王子は、全身から滝のように汗を流し、白目を剥きながら全速力で走り続けていた。
「知るかぁぁぁ!! 突然、魔力負荷が千倍に跳ね上がったんだよぉぉぉ!!」
当然である。
アリスが展開した『多重同期式・魔力粒子リアルタイムレンダリング』によるアバター配信は、数百万人の端末に高画質の3D映像を遅延なしで送り届けるため、天文学的なサーバー処理能力(魔力)を必要とするのだ。
そして、その3Dアイドルのフリフリのスカートの揺れや、髪の毛の一本一本の物理演算を支えるための電力を生み出しているのは、他でもない彼ら(ハムスター)の足である。
「足が! 足がちぎれるぅぅぅ!!」
「止まるな! 止まったら床の熱板で火だるまになるぞぉぉぉ!!」
さらに最悪なことに、彼らは今、ただ走らされているだけではなかった。
彼らの着ている服は、なぜか『ピンク色のピンポン玉が全身に無数にくっついた、ピチピチの黒い全身タイツ(モーションキャプチャー用スーツ)』に着替えさせられていたのである。
『あらあら、元・殿下たち。随分と無様な格好ね』
頭上のスピーカーから、ルミアの冷酷な声が響く。
『貴方たちのその無駄な動きのデータ、A&Lチューブの新しい雑魚キャラクター(ゴブリンやオーク)のモーションデータとして、ありがたく再利用させてもらっているわ。せいぜい滑稽に転げ回って、視聴者の笑いを取ってちょうだいね』
「な、なんだとぉぉぉ!!?」
ギルバートの顔が、屈辱で真っ赤に染まった。
「俺は王族だぞ! かつて次期国王になるはずだったこの俺が! なぜこんなピチピチの変態タイツを着て、地下の底でゴブリンの動きの真似事をさせられなきゃならないんだぁぁ!!」
『嫌なら走るのをやめて、消し炭になってもよろしくてよ?』
「ひぃぃぃ! 走りますぅぅぅ!!」
かつて私を無能と嘲笑った男たちは、今や私の創り出したバーチャルアイドルのスカートを揺らすための物理演算装置の一部となり、一生ピチピチタイツで走り続ける運命にあった。
完全なる因果応報にして、究極のデジタル労働地獄である。
「アリスぅぅぅ……! 俺が悪かった! 謝るから、せめてこのタイツだけは脱がせてくれぇぇぇ!!」
ギルバートの悲痛な叫びは、豪華客船のエンジンの轟音にかき消され、誰の耳にも届くことはない。
彼の流す絶望の涙は、最強のエンタメ帝国を支えるための極上のスパイスとして、今日も一滴残らず吸い尽くされていくのであった。
文化侵略とアイドルビジネス、そして大公閣下の重すぎる赤スパ。
魔導商会A&Lのえげつなくも痛快な覇道は、世界中の人々の心と財布を完全に飲み込みながら、果てしない海を突き進んでいくのだった。
(第21話 終わり)




