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第2話:高度三千メートルの空中会議と、追撃者への圧倒的(物理&経済)プレゼン

「ルミア! 右四十五度、上昇気流に乗るわよ! 魔力推進機のフラップを三ミリだけ開いて!」

「言われなくても分かってるわ! っていうかアリス、貴女のその背中の機械、出力がバカすぎない!? 私の顔面に風圧が直撃して、せっかくの美容液パックが台無しなんだけど!」


 夜空を切り裂きながら、私たちは猛スピードで雲の海を駆け抜けていた。

 私の背中で青白いマナの炎を噴き上げる『魔導推進式パラシュート・フライ・ハイ・マークIV』と、ルミアが跨る『安全基準完全無視・魔改造竹箒』。

 二つの規格外な飛行物体は、眼下に広がる王都の街明かりをあっという間に点へと変え、国境の山脈を目指して高度を上げ続けていた。


 氷点下に迫る上空の冷たい風が頬を打つ。しかし、私の周囲には風防の結界魔法を展開しているため、寒さは全く感じない。むしろ、頭の中は歓喜と興奮で沸騰しそうだった。


「あーっはっはっは! 最高! 今の私の飛行速度、時速三百キロは出てるわよ! 王城の馬車の百倍のスピードね!」

「笑い事じゃないわよ! こっちは竹箒の柄にガムテープで無理やり固定した魔力圧縮筒が、さっきからギシギシ嫌な音を立ててるの! 爆発したらどう落とし前つけてくれるのよ!」

「大丈夫よ、ルミア! その圧縮筒の安全弁、私が昨日こっそりミスリル合金製の強化パーツにすり替えておいたから! 致死レベルの魔力暴走が起きる確率は、たったの十二パーセントに抑えられてるわ!」

「十二パーセントも死ぬ確率がある乗り物に乗せられてたの!? 慰謝料請求に項目追加するわよ!!」


 ルミアが鬼の形相で叫ぶが、その目は決して死んでいなかった。むしろ、これから始まる未知のビジネスチャンスに向けて、爛々と輝いている。

 聖女の皮を被った、生粋の経営者ハスラー。それがルミアという女の真の姿だ。


 私は飛行の軌道を安定させながら、隣を飛ぶ彼女に視線を向けた。


「それにしてもルミア、貴女のその事業計画、本当に完璧ね。さっき見せてくれた手帳の数字、頭の中で検算してみたけど、初期投資の回収率が異常なことになってたわよ」

「ふふん、当然でしょ。私は常に三歩先、いや、三年先の四半期決算まで見据えて動いているのよ」


 ルミアは片手で箒の柄を握りながら、器用にもう片方の手で革張りの手帳を開いた。風防結界の中で、月明かりに照らされたページがパラパラと捲られる。


「アリス、私たちが隣国である『技術立国ヴァルハイト帝国』に到着したら、即座に『魔導商会A&L』の法人登記を行うわ。そして、第一弾として市場に投入するのは、貴女が作った『全自動洗濯たたみ機』じゃないの」

「えっ? 違うの? あれ、王城のメイドたちにこっそり試作品を使わせたら、みんな涙流して喜んでたのに」

「あれはあくまで一般家庭向けの小銭稼ぎ。私たちが狙うのは、もっと巨大なインフラ事業と、莫大なキャッシュフローを生み出す継続的ビジネス(サブスクリプション)よ」


 ルミアは不敵に笑い、手帳の極秘ページを私に見せつけた。

 そこには、私が過去に「こんなのあったら面白いな」と冗談半分で描いた設計図をベースにした、恐るべき二つの巨大プロジェクトが詳細な事業計画書として完成されていた。


「第一のプロジェクト。それは『自然魔力(太陽光)駆動型・全自動ポーション販売機』の全国展開よ!」

「全自動……販売機?」

「そう。アリス、貴女は以前言っていたわよね。『いちいち回復薬を買うために、昼間に店舗へ行くのは非効率だ。街角に、二十四時間いつでもポーションが買える魔導具を置けばいい』って。あのアイデア、私が完璧なビジネスモデルに昇華させたわ」


 ルミアの言葉に、私は息を呑んだ。

 確かに言った。深夜に研究していて劇薬を浴びた時、ポーション屋が閉まっていて死にかけたからだ。


「この販売機のすごいところは、動力源よ。貴女が考案した『太陽光マナ変換陣』を屋根に取り付けることで、魔石の交換コストを完全にゼロにするの。これをまずは帝国の主要都市に百台設置する。冒険者や夜間労働者は、いつでも冷えたポーションや魔力回復水を買える。商品は定期的に契約した下請けの馬車が補充する仕組みよ。初期投資さえ済めば、あとは勝手にチャリンチャリンとお金が生み出される魔法の箱になるわ!」

「す、すごい……! 魔石の維持費がゼロなら、利益率は九十パーセントを超えるわね……!」


「そして第二のプロジェクト! これが本命よ。地方都市にある『買い叩かれた巨大廃商業施設』の買収と、完全リニューアル事業!」

「廃商業施設? わざわざそんな寂れた場所をどうするの?」

「アリス、貴女は本当に数字以外の人間心理が分かってないわね。いい? 綺麗に整頓されただけの退屈な高級店なんて、今の時代ウケないのよ。私たちが作るのは、一種の『宝探し空間』であり『エンターテインメント施設』よ」


 ルミアの瞳に、野心という名の炎が燃え上がった。


「没落貴族や破産した商会から、不要になった魔導具や骨董品、古着をタダ同然で大量に買い取るの。そして、その広大な廃施設の中に、迷路のように商品を陳列する。そこへ、貴女の魔導技術でちょっとした『ギミック』を仕掛けるのよ。例えば、特定の魔力を流すと動くおもちゃとか、隠し扉の先にあるレアアイテムコーナーとかね」

「なるほど……! 単なる買い物ではなく、『未知のアイテムを発掘する体験』自体に価値を持たせるのね! それなら、私の研究室の隅に転がってる失敗作のガラクタ魔導具も、『謎の古代遺物』として高く売れるかも!」

「その通り! 顧客の射幸心と探求心を煽るのよ! 『行けば何か面白いものがある』という体験型巨大店舗。これを軌道に乗せれば、寂れた地方都市の経済すら私たちが牛耳ることができるわ!」


 私は鳥肌が立った。

 太陽光を利用した自動販売機。そして、廃墟を宝探し空間に変えるエンタメ商業施設。

 私がただの知的好奇心で作った技術の欠片を、ルミアは完璧な「世界を支配するビジネス」へと組み替えていたのだ。


「ルミア……貴女、本当に天才ね。ギルバート殿下なんかに猫なで声を出していた三年間、どれだけのストレスだったか想像を絶するわ」

「ふん。あの顔面偏差値だけが高い優良誤認物件は、私の壮大な事業計画のための『初期投資を引っ張る財布』でしかなかったわ。まあ、最後の最後に国庫の金まで横領して私に貢いでくれたから、財布としての役割は立派に果たしてくれたけどね」


 ルミアが悪女極まりない笑顔を浮かべた、その時だった。


「――ピーーーーーーーッ!!!」


 私の腰に下げていた『広域魔力探知機(改)』が、鼓膜を劈くような甲高い警告音を鳴らした。

 背後から、複数の強大な魔力反応が急速に接近してくる。


「アリス! 何!?」

「追手よ! 距離およそ二キロ! この魔力波形……王属飛竜騎士団ね! しかも五騎!」

「はあ!? 早すぎない!? 殿下があの状況から冷静に飛竜を手配できるわけないじゃない!」

「おそらく、国王陛下が直接命令を下したのよ。国庫の横領がバレた怒りと、貴重な『聖女』である貴女を連れ戻すためにね。それに、私の持っている軍事転用可能な特許技術も手放したくないんでしょう」


 振り返ると、月明かりを背にして、巨大なコウモリの翼を持つ五頭の飛竜ワイバーンが一直線にこちらへ向かってくるのが見えた。

 飛竜の背には、完全武装した王国のエリート騎士たちが騎乗している。手には、長距離射撃用の魔導ライフルが握られていた。


『――前方を飛行する不審者二名に告ぐ! 直ちに減速し、投降せよ! さもなくば撃墜する!』


 風の魔術で増幅された、騎士団長の威圧的な声が響き渡る。


「ちっ、鬱陶しいわね。あのライフル、私が去年設計を最適化してあげた『連装式マナ・ブラスター』じゃない。射程距離は二キロ。もう射程圏内よ」

「アリス、迎撃できる!?」

「もちろん! ちょうど昨日完成したばかりの『特大マナ撹乱式・閃光炸裂弾(通称:ピカピカドーン三号)』のテストをしたかったのよ! あれを一発お見舞いすれば、飛竜の方向半規管を狂わせて全員墜落させられるわ!」


 私は嬉々として、革ベルトからソフトボール大の不気味な紫色に光る爆弾を取り出した。

 しかし、それを投擲しようとした私の腕を、ルミアがガシッと掴んだ。


「待ちなさい、アリス! ダメよ!」

「なんで!? 撃墜される前に撃ち落とすのが合理的な判断でしょ!?」

「貴女は本当に原価計算ができないのね! あの飛竜一頭、育成費にどれだけの税金がかかってると思ってるの!? 軽く一億ゴールドは下らないわよ! それを五頭も墜落させて死なせたら、完全なる『国家反逆罪』として、隣国に亡命したあとも国際指名手配されちゃうじゃない!」


「うっ……確かに……それは今後の研究生活の邪魔になるわね」


「それに、あれは飛竜騎士団の第三小隊よ。隊長の顔、見覚えがあるわ。ビジネスの基本は『損して得取れ』、そして『敵の弱みは徹底的に突け』よ。ここは私に任せなさい!」


 ルミアはリュックから、メガホンのような形をした魔導具(これも私が作った『超・拡声器』だ)を取り出すと、最大出力に設定して口元に当てた。


「――あー、あー! 本日も夜間飛行任務、お疲れ様です! 王属飛竜騎士団・第三小隊の皆様!」


 ルミアの甘く、それでいて腹の底に響く声が、上空の空気を震わせた。

 突然の丁寧な挨拶に、追撃してきた騎士たちが一瞬、明らかに怯んだのがわかった。


「私、元聖女のルミアです! 突然ですが、第三小隊の皆様、今の職場環境にご不満はありませんか!? 毎月の過酷なパトロール任務、それに見合わない安い基本給! さらに、ギルバート王太子の無茶振りによるサービス残業の嵐! 辛くないですか!?」


『な、何を言っているんだ貴様! 投降しろ!』

 隊長が怒鳴り返すが、その声には若干の動揺が混じっていた。


「隊長のガウェイン卿! 私は知っていますよ! 貴方が王都の裏カジノで、三百万ゴールドもの借金を抱えていることを! 奥様にバレたら即離婚の危機だそうですね!?」

『なっ!? な、なぜそれを……ッ!?』

「私の情報網を舐めないでください! 私は王城の経理から裏帳簿まで、全てに目を通していたんですから!」


 ルミアの恐るべき暴露に、隊長だけでなく、後ろを飛ぶ部下の騎士たちまでザワザワと動揺し始めた。


「聞いてください皆様! 私とアリス様は今から隣国で、新規ベンチャー企業『魔導商会A&L』を立ち上げます! そこで、優秀な航空警備部門の初期メンバーを大募集しています!」

『な、なんだと!?』

「我が社の待遇は、王国の三倍の基本給を保証! さらに完全週休二日制、有給消化率百パーセント! ボーナスは年三回支給します! そしてガウェイン隊長! 今すぐ見逃してくれたら、貴方の裏カジノの借金、私が個人的に全額肩代わり(キャッシュで一括返済)してあげます!!」


 空気が、完全に止まった。

 時速三百キロで飛んでいるというのに、五人の騎士たちと飛竜の動きが、ピタリと硬直したのだ。


『さ、三倍の基本給……』

『完全週休二日……だと? 先月なんて俺たち、三日しか家に帰ってないぞ……』

『隊長……借金、肩代わりしてくれるらしいですよ……』


 騎士たちが、ヒソヒソと通信魔導具で相談を始めているのがこちらにも伝わってくる。


「さあ、決断の時です! 無能な王族のために一生薄給でこき使われるか、私のもとで高給取りのエリート社員になるか! 返事は今すぐこの場で! イエスか、それともイエスか!!」


 ルミアの悪魔のようなプレゼンテーション。

 それは、疲弊した中間管理職と平社員の心を粉々に打ち砕く、完璧な「経済的暴力」だった。


『……っ! 第三小隊、全機に通達!』

 数秒の沈黙の後、ガウェイン隊長が悲痛な、しかしどこか晴れやかな声で叫んだ。


『目標を見失った! 繰り返す、夜間特有の乱気流により、不審者二名を見失った! これより我が小隊は、王都へ帰還……いや、そのまま有給休暇の消化に入る!!』

『『『了解!!』』』


 見事な方向転換だった。

 五頭の飛竜は、信じられないほどの一体感でクルリと背を向けると、猛スピードで王都の方角……ではなく、温泉街のある東の空へと消えていった。


「……嘘でしょ。あの忠誠心で有名な王属騎士団を、言葉と金だけで寝返らせたの?」

 私はポカンと口を開けて、遠ざかる飛竜の影を見送った。


「これがビジネスよ、アリス。人は武力ではなく、圧倒的な条件提示メリットで動くの。まあ、あの隊長の借金帳簿、私が裏でカジノのオーナーと手を組んで捏造した架空のものなんだけどね」

「えっ!? 捏造!? じゃあ、借金なんて無かったの!?」

「そうよ。でも本人は『酔って記憶がない時に書いた借用書』だと思い込んで絶望してたから、そこに付け込んだだけ。これで私たちは無傷で逃げ切れたし、あいつらは王国に帰れないから、後でうちの商会に安値で再就職させてあげるわ。Win-Winでしょ?」


 ……怖い。

 この女、魔王よりも恐ろしいかもしれない。

 私は心底、ルミアと敵対しなくて良かったと胸をなで下ろした。


「さあ、アリス! 邪魔者はいなくなったわ! このまま国境の霊峰を越えるわよ! 推進機、最大出力!」

「了解! ルミア社長! マナ・スラスター、オーバーブースト!!」


 私たちは夜空の彼方に向かって、再び爆発的な加速を開始した。

 冷たい風が、今は心地よい。


 それから一時間後。

 私たちはついに国境の巨大な山脈を飛び越え、隣国『技術立国ヴァルハイト帝国』の辺境都市、ガルドの街外れに無事着陸を果たした。


 ◆◆◆


「はぁ〜っ、着いたわね! ここが自由の大地!」


 私は背中の魔導パラシュートの機能を停止させ、草むらに大の字に寝転がった。

 空には満天の星。遠くに見えるガルドの街は、王国の古臭い街並みとは違い、至る所に魔導ランプが立ち並ぶ近代的な景色だった。


「休んでいる暇はないわよ、アリス」

 ルミアは乱れたピンクブロンドの髪を櫛で整えながら、素早くリュックから次の書類を取り出した。


「明日、朝一番でこの街の商業ギルドに行って、商会の登記と特許の申請を一気に済ませるわ。王国の息がかかったギルドと違って、この帝国は実力主義。優れた技術と明確な事業計画さえあれば、身分問わず審査が通るはずよ」

「ええ、任せて。私の技術力なら、審査員を一秒で気絶させる自信があるわ」

「物理的な意味じゃなくてね。……ただ、問題が一つあるの」


 ルミアの表情が、少しだけ引き締まった。


「私たちが立ち上げる『A&L』の事業規模は、普通のベンチャーの比じゃない。初期投資だけで、さっきの飛竜何十頭分もの資金が必要になるわ。私の持ってきた横領資金へそくりだけじゃ、テストケースしか回せない」

「じゃあ、どうするの? 銀行でお金を借りる?」

「無名の小娘二人に、数億ゴールドを融資するお人好しな銀行なんてないわ。だから……パトロンを見つけるのよ。ただの金持ちじゃない、この帝国の経済を裏から動かせるほどの、圧倒的な権力と資金力を持った絶対的なパトロンをね」


 ルミアは手帳の最後のページを指差した。

 そこには、一人の男性の名前が記されていた。


「この技術立国ヴァルハイト帝国の経済を実質的に牛耳っている、『影の皇帝』。冷徹無比な若き大公閣下……ユリウス・フォン・ヴァルハイト。彼に直接プレゼンを仕掛けて、私たちのスポンサーになってもらうわ」

「大公閣下……冷徹無比って、気難しそうな人ね。私の研究の邪魔はしないかしら?」

「そこは貴女の発明品次第よ。彼は合理的で、無能を何よりも嫌うと聞くわ。でも、圧倒的な才能には出し惜しみをしない。……アリス、貴女のその狂った頭脳で、彼を完膚なきまでに魅了してやりなさい」


 ルミアの言葉に、私はニヤリと笑った。


「任せて。私の魔導理論を見せれば、どんな冷血漢だって脳汁を垂らして喜ぶに決まってるわ」


 こうして、無能な元凶を置き去りにした令嬢と聖女の、世界を巻き込む痛快な起業ストーリーが幕を開けた。

 そして明日、私は運命の出会いを果たすことになる。

 私の狂気を唯一理解し、そして私自身を丸ごと買い上げようとする、とんでもないパトロンとの出会いを――。


(第2話 終わり)

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