第19話:船上の人工リゾートと、世界経済を飲み込む為替の支配(グローバリズム)
「……信じられない。ここは本当に、海に浮かぶ『船の中』なのか?」
「見ろ、あの青空を! そして、この果てしなく続く白砂のビーチ! 船の外は猛烈な嵐だというのに、ここには波の音と心地よい太陽の光しかないぞ!!」
超巨大・魔導豪華客船『A&Lグランド・リヴァイアサン』。
その船体の中央部に設けられた『第参・空間拡張エリア』において、世界中から招待された他国の王族や大富豪たちは、完全に知能指数を失ったような顔で感嘆の声を上げていた。
外から見れば全長三キロメートルの巨大な船だが、船内には私の『多重・空間拡張魔法』が幾重にも張り巡らされている。
扉を一枚開ければ、そこには一つの『島』が丸ごと入るほどの広大な人工リゾート空間が広がっているのだ。
天井のドームには、外の天候に関わらず常に完璧な『快晴の青空』を映し出す幻影結界が張られ、足元には本物の珊瑚礁を砕いた極上の白砂。そして、海流マナエンジンで温度管理された波が、穏やかに寄せては返している。
「ふふふ……。見なさいアリス、あの他国の重鎮たちのマヌケな顔を。完全に私たちの魔法と資本の力に圧倒されて、脳みそが溶けかかっているわね」
ビーチを見下ろすVIP専用のパラソルの下で、ルミアは冷たく輝くトロピカルジュースのグラスを傾けながら、最高に邪悪な笑みを浮かべた。
彼女は今日、最高級のシルクで仕立てられた純白のサマードレスを着こなし、完璧なリゾートのオーナーとして君臨している。
「そりゃそうよ。空間拡張魔法は、普通なら小部屋を少し広げるのが限界だもの。それに天候を完全に制御する結界なんて、帝国の宮廷魔導師でも百人がかりでようやく張れるレベルよ。それをこの広大な空間で、魔石の交換なしで永久稼働させているんだから、彼らの常識が崩壊するのも無理ないわ」
私は、ルミアの隣のデッキチェアに寝転がりながら、自作の『冷感・マナ・ジェラート』を頬張った。
海流のエネルギーを魔力に変換し、それを空間維持と気候制御に回す。私の引いた魔力回路は、この船の処女航海においても一ミリのバグすら出さずに完璧に稼働していた。
「技術的な優位性は完全に証明したわ。さあ、ここからは私の『ビジネス』の時間よ」
ルミアはパラソルの影で、ヒマ端末の画面を優雅にスワイプした。
「いい、アリス。この船に招待した他国の王族たちは、皆それぞれの国の通貨(金貨や独自の紙幣)を持って乗船している。でも、この船の中のレストラン、カジノ、エステ、すべての施設で、彼らの持ってきた物理的なお金は『一切使えない』の」
「えっ? じゃあどうやって買い物するの?」
「乗船時に、全員に『グローバル版・ヒマ端末』を無料で配布したわ。彼らは手持ちの自国通貨を、船のフロントにある『A&L魔導両替機』に入れて、強制的に『A&Lペイ』のデジタル・ポイントに変換しなければならないのよ」
ルミアの言葉に、私はジェラートを食べる手を止めた。
……またしても、この女のえげつない搾取スキームの全貌が見えてきた。
「為替の支配……!!」
「大正解よ、CTO」
ルミアは楽しげにウインクをした。
「他国の金貨の純度や、紙幣の価値。そんなものは国によってバラバラよ。だから、我が社が『独自のレート(為替相場)』を決定する。我がA&Lペイの1ポイントに対して、A国なら金貨十枚、B国なら金貨五十枚……という風にね。そして、両替の際には当然『法外な手数料』をピンハネするわ」
「うわぁ……」
「さらにえげつないのはここからよ。船内での圧倒的な娯楽と美食に酔いしれた彼らは、当然、あっという間にチャージしたA&Lペイを使い果たす。するとどうなるか?」
「ええと……自国から追加で資金を送金する?」
「そう! でも海の上だから、物理的な金塊はすぐには届かない。そこで、我が『A&L魔導銀行』が、彼らの国の『領地の権利書』や『関税の免除特権』を担保にして、秒速で莫大なA&Lペイを【融資】してあげるのよ!!」
ルミアは両手を広げ、狂気に満ちた高笑いを上げた。
「あはははは!! これで他国の王族たちは、この船の上で遊べば遊ぶほど、自国の権利と富を合法的に我が社に奪い取られていく! 物理的な戦争なんて不要よ! 経済と技術の圧倒的な暴力で、世界中の国家をA&L商会の借金漬け(属国)にしてやるのよ!!」
美しい人工ビーチのパラソルの下で、世界征服の計画が恐ろしいスピードで進行していた。
この船に乗った時点で、他国の要人たちはすでにルミアの蜘蛛の巣に囚われた哀れな獲物でしかなかったのだ。
「――相変わらず、君たちの考えるビジネスは悪魔すらも青ざめるな」
ふいに、デッキチェアの背後から、極上の低音と冷気が降ってきた。
振り返ると、そこには漆黒の開襟シャツにスラックスという、ラフでありながら圧倒的な色気を放つユリウス大公が立っていた。
「ユリウス様! お疲れ様です! 船内の警備と、他国のスパイの排除はどうでしたか?」
「大公閣下。またしても無音で背後を取るとは、心臓に悪いですわよ」
「すでに三カ国から送り込まれていた暗殺者とスパイ計三十名を、海流マナエンジンのスクリューの清掃員として『物理的に』再配置してきたところだ。当分、海中から上がってくることはないだろう」
ユリウスは涼しい顔で、とんでもなく物騒な事後報告をした。
帝国の影の皇帝が直々に船内をパトロールしているのだ。この船のセキュリティは、文字通り世界最高にして最凶である。
「それよりも、アリス」
ユリウスは私を見下ろし、そのアメジストの瞳を限界まで細めた。
彼の視線は、私が着ている服――ルミアが無理やり着せた『リゾート用・特製水着』に釘付けになっていた。
「ゆ、ユリウス様……? そんなに見つめないでください、恥ずかしいです……」
私が着ているのは、露出度の高いビキニなどではない。
私が開発した『超高密度・流体ミスリル繊維』で作られた、首元から足首までをすっぽりと覆う、純白の全身タイツのようなボディスーツ型の水着だ。
物理的な露出はゼロ。刃物も魔法も通さない完全防弾仕様。
……しかし、流体ミスリルは『着用者の身体のラインにミリ単位で完璧に密着する』という性質があるため、結果的に私のプロポーションの起伏(特に胸元や腰回り)が、恐ろしいほど生々しく強調されてしまっていたのだ。
「……アリス。私は確かに『他の羽虫どもに肌を見せない服を着ろ』と言ったが。……これは、これで、別の意味で私の理性を極限まで試しているのではないか?」
ユリウスの声音が、かつてないほど低く、そして熱く掠れていた。
彼の手が私の腰に回り、流体ミスリル越しに、私の身体のラインを確めするようにゆっくりと撫で上げる。
ひゃっ、と変な声が出そうになり、私は慌てて自分の身体を腕で隠した。
「ち、違います! これは流体力学的に一番水の抵抗を受けない、合理的な設計なんです! 露出はゼロですから、誰に見られても恥ずかしくない……はず、ですっ!」
「君のその無自覚な色気が、どれほどの破壊力を持っているか、全く理解していないようだな。……今すぐ君をペントハウスに連れ帰り、一歩も外に出さずに閉じ込めておきたくなった」
ユリウスの独占欲が、警報音を鳴らして暴走し始めている。
彼が本気で私を担ぎ上げようとした、その時だった。
「おお! そこの美しい銀髪のレディ! 君のその神秘的なスーツ、実に素晴らしい! まるで女神の彫像のようだ!!」
空気を読まない、やたらと声の大きい男が、私たちのパラソルにズカズカと近づいてきた。
浅黒い肌に、これでもかと金や宝石のジャラジャラとした装飾品を身につけた、南の群島国家連合の皇太子、ガウェイン(※飛竜便の隊長と同名だが別人)だった。
彼は私の姿を見るなり、下品な欲望を隠そうともせずに目を輝かせている。
「俺は南の群島を束ねる皇太子だ! 君のような極上の女が、こんな帝国の堅苦しい男の隣にいるのは勿体ない! どうだ、俺の国に来ないか? 我が国の後宮の筆頭にして、金も宝石も望むままに与えてやろう!」
ガウェイン皇太子が、得意げに胸を張り、私に向かって手を伸ばそうとした。
――瞬間。
空間が、凍りついた。
物理的な温度の低下ではない。
私の隣に立つユリウス大公から放たれた、文字通り『世界を終わらせるレベルの極寒の殺気』が、人工ビーチの天候制御結界すらも歪ませ、一瞬にして空をどす黒い雨雲で覆い尽くしたのだ。
「ひぃっ……!?」
ガウェイン皇太子は、伸ばしかけた手を空中で硬直させ、カチカチと歯の根を鳴らして震え上がった。
「私の最愛(妻)に向かって……今、何と言った?」
ユリウスの声は、静かだった。
しかし、その静けさは、活火山の噴火の直前のような、圧倒的な死の予兆を孕んでいた。
「あ、あ、あの……いや、俺はただ……」
「私の許可なく彼女の視界に入り、あろうことかその穢れた手で触れようとした罪。……群島国家ごと海に沈めて償わせてやろう」
ユリウスが右手をわずかに上げる。
彼のアメジストの瞳が、本物の『魔王』のそれに変わった瞬間。
「(お待ちください、大公閣下!!)」
ルミアが、目にも止まらぬ速さで二人の間に割り込み、純白のパラソルをバサッと広げた。
「(ここで他国の皇太子を物理的に消し炭にしたら、我が社の船が国際的なテロの舞台になってしまいます! 血を流すのはビジネスにおいて最も非効率ですわ!)」
「(……どけ、ルミア。私の防衛本能(独占欲)は、すでに理性のストッパーを完全に破壊している。あの羽虫の存在を、この宇宙から消去しなければ気が済まん)」
ユリウスの右手に、空間そのものを圧縮する恐るべき魔力が集束していく。
ヤバい。このままだと、皇太子どころか、この人工ビーチごと船体に風穴が開いてしまう!
「(ユ、ユリウス様! お願い、落ち着いて!)」
私は慌ててユリウスの背中にしがみつき、彼をギュッと強く抱きしめた。
「(私はユリウス様だけのものです! 誰のところにも行きません! だから、怒らないで……っ! ハネムーンの船を壊しちゃったら、悲しいです!)」
「…………ッ」
私の必死のハグと「ハネムーン」という言葉に、ユリウスの動きがピタリと止まった。
集束していた極大の魔力が、シュゥゥゥ……と音を立てて霧散していく。
「……君が、そう言うなら。今回だけは命を預けておこう」
ユリウスは深く息を吐き出し、殺気を収めた。
しかし、その瞳の冷酷さは一ミリも減っていない。
ルミアはすかさず、へたり込んで泡を吹いているガウェイン皇太子を見下ろし、冷徹な死神の笑顔を向けた。
「……というわけで、皇太子殿下。我が帝国の影の皇帝たる大公閣下の逆鱗に触れた命の代償、当然お支払いいただけますわね?」
「は、払う! いくらでも払う!! だから殺さないでくれぇぇ!!」
「金貨など不要ですわ。……貴国の港湾の【関税永久免除条約】と、我が社の『A&Lペイ』の【国家標準通貨としての導入】。この二つの契約書に、今すぐサインしていただきましょうか。サインを拒否すれば、三秒後に大公閣下の魔力が貴方の脳天を直撃します」
「サ、サインする! すぐにするぅぅぅ!!」
完全なる脅迫。
しかし、命の危機に瀕した皇太子は、涙と鼻水を垂らしながら、ルミアが差し出したヒマ端末の画面に血の滲むような指で電子サインを刻み込んだ。
こうして、南の群島国家の経済と関税の権利は、アリスへのナンパという愚かすぎる代償によって、魔導商会A&Lに完全に飲み込まれたのである。
「ふふふ。ごちそうさま。これで南の海路の物流コストは実質ゼロになったわね」
ルミアは満足げにヒマ端末をしまい、パラソルを肩に担いだ。
彼女の錬金術は、大公の殺気すらも完璧に利益に変換してみせたのだ。
「……不快な羽虫の処理は終わったな」
ユリウスは、気絶した皇太子をゴミのように見下ろした後、再び私へと向き直った。
「アリス。やはり、君をこの公の場に出したのは間違いだった。今すぐペントハウスに戻るぞ」
「えっ、でもまだ人工ビーチの波の出力テストが……」
「テストなど後回しだ。……これ以上、私以外の誰かの目に、君のその姿を焼き付けられるのは我慢の限界だ」
ユリウスは有無を言わさず私の腰を抱き上げると、そのまま私を横抱き(お姫様抱っこ)にしてしまった。
「ひゃっ!? ゆ、ユリウス様! 自分で歩けますから!」
「黙って私に運ばれろ。……ここから先は、本物の新婚旅行の時間だ」
周囲の他国の王族たちが、恐怖と羨望の入り混じった目で私たちを見送る中。
私は顔から火が出るほどの恥ずかしさと、彼からの逃げ場のない甘い独占欲に包まれながら、最上階のペントハウスへと連れ去られていくのだった。
◆◆◆
夜。
グランド・リヴァイアサンの最上階、ユリウスと私専用のペントハウス。
絶対不可視・防音結界に包まれたバルコニーからは、月光に照らされた大海原が一望できた。
星空の下、波の音だけが静かに響く、完全な二人きりの世界。
「……本当に、美しい夜だ」
ユリウスは、グラスに入った最高級のワインを一口飲み、私を背後から優しく抱きしめた。
彼の大きな手が、私の腰をそっと撫でる。
「ユリウス様……。あの、昼間は……私が変な水着を着たせいで、怒らせちゃってごめんなさい」
私が小さく謝ると、彼は低く甘い声で笑った。
「怒ってなどいない。ただ、私の理性のストッパーが外れかけただけだ。……アリス、君は本当に、自分がどれほど私の心を狂わせているか分かっていない」
ユリウスは私の首筋に顔を埋め、熱い吐息を吹きかけた。
「君の創り出す常識外れの魔法、そして、誰にも縛られない自由な心。……そのすべてが、帝国の闇の中で生きてきた私の魂を、極彩色の光で焼き尽くす。君を手放すくらいなら、私は本当にこの世界を海に沈めても構わないと思っている」
「ユリウス、様……っ」
彼の言葉は、重く、恐ろしく、そしてどこまでも純粋な狂気に満ちた愛情だった。
私は振り返り、彼の首に腕を回して、そのアメジストの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「沈めちゃダメですよ。私が作った船も、モールの自販機も、全部海の底になっちゃいますから」
「……ふっ。そうだな。君の愛する『ビジネス』を守るためにも、世界は残しておいてやろう」
ユリウスは優しく微笑み、そのまま私の唇を塞いだ。
星空と大海原の狭間で、最強のパトロンとの甘すぎる口付けが、何度も、何度も交わされる。
もう、誰にも私たちの邪魔はできない。この広大な海の上は、完全に私たちだけのものだった。
◆◆◆
――その頃。
帝国のシーサイド・ガルド、オーシャン・モールの地下最下層。魔力自家発電プラント(懲罰房)。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……!」
巨大な鉄の回し車の中で、ギルバート元王子とザイード元王子(西の国から追放され合流した)は、足元の超高熱プレートに焼かれながら、今日も絶叫と共に走り続けていた。
『あらあら、元・殿下たち。夜だからといってペースを落とさないでちょうだい。モールのネオンサインと、スマートシティの夜間空調の電力が落ちてしまうわ』
頭上のスピーカーから、ルミアの自動音声(AIプログラム)が冷酷に響き渡る。
同時に、懲罰房の巨大モニターには、現在航海中の『A&Lグランド・リヴァイアサン』の豪華絢爛な夜の映像が、ドローンカメラからの生中継で映し出されていた。
「あ、あっちぃぃぃ!!」
「ザイード! 走れ! 足が炭になるぞ!!」
汗と涙にまみれたギルバートが、モニターの映像を見上げて歯軋りをする。
映像の中では、彼がかつて見下していたアリスが開発した『空間拡張カジノ』や『極上エステ』で、他国の王族たちが莫大な金を落とし、熱狂している姿が映っている。
さらに、時折カメラが最上階のペントハウスを映すが、そこは完全に『不可視の結界』に覆われており、中を窺うことはできない。
しかし、その結界の中で、アリスが帝国最強の権力者とどれほど甘く、極上の新婚旅行を過ごしているかなど、想像するに容易かった。
「アリスぅぅぅ……!! なぜだ! 俺が……俺が王城のバルコニーで、あの女と一緒にワインを飲むはずだったのにぃぃぃ!!」
ギルバートの血を吐くような絶叫が、暗い地下室に響き渡る。
「先輩! 泣いてる場合じゃありません! モニターの右下に、『現在の視聴者からの投げ銭総額:百億ゴールド突破』って出てますよ!! 俺たちの国が、あいつらの養分にされてるんですぅぅ!!」
「黙れぇぇぇ!! 走れ!! もう走るしか、俺たちに生きる道はないんだぁぁぁ!!」
かつて栄華を極めた二人の無能な王子。
彼らは今や、アリスとルミアが創り出した『世界経済を支配するエンタメ帝国』の、文字通り最底辺の「動力源」として、永遠に車輪を回し続ける運命にあった。
彼らの流す後悔と絶望の涙は、一滴残らず魔力に変換され、はるか遠くの海で最高に幸せなハネムーンを満喫するアリスたちの、眩い輝きを支えるためのエネルギーとして吸い尽くされていくのであった。
魔法とビジネス、そして極上の愛が世界を飲み込む『魔導商会A&L』の覇道は、もはや神すらも止められない高みへと達していた。
(第19話 終わり)




