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第14話:完全没入型・仮想現実(VR)ダンジョンと、魔王(パトロン)のバグ破壊

「ルミア社長。先月開通させた『A&Lダイレクト・エクスプレス(空間即時配送)』と、魔導電子決済『A&Lペイ』の普及により、王国から帝国への商人および一般市民の大移動がほぼ完了しました。現在、シーサイド・ガルドの人口は爆発的に増加し、街の宿屋や飲食店は連日満員御礼です!」

「素晴らしいわ。労働力と顧客の確保は完璧ね」


 オーシャン・モールの最上階、CEO執務室。

 ルミアは完璧な姿勢でデスクに向かい、空中に投影された魔導端末の膨大なデータを、指揮者のような優雅な手つきで捌いていた。


「……でも、問題が一つあるわ。帝国の豊かな生活と圧倒的な利便性に慣れた市民や、仕事を求めてやってきた血の気の多い冒険者たちが街に溢れかえったことで、『退屈』による夜の酒場での小競り合いが微増しているわ。彼らの有り余るエネルギーと闘争衝動を、健全に、かつ『強制的にお金に換える』娯楽の器が必要よ」


 ルミアの冷徹な分析に、私は作業着のポケットからスパナを取り出しながら、ニヤリと笑った。


「ふふん、さすがルミア社長。そんなこともあろうかと、私がとびっきりの『娯楽施設』をこのモールの地下に作っておいたわ!」

「地下? まさかまた懲罰房のハムスター(元王子)たちの回し車を増やしたの?」

「違うわよ! もっと画期的で、誰も見たことがない究極のエンターテインメントよ。ついてきて!」


 私はルミアの手を引き、モールの地下三階――かつてただの巨大な倉庫だった空間へと案内した。


 重厚な扉を開けると、そこには薄暗い広大な空間に、青白いマナの光を放つ『卵型のカプセル』が、何百台もズラリと並んでいた。


「な、何これ……。美容の全自動エステカプセルに似ているけれど、もっと無機質で……なんだか不気味ね」

「見た目は気にしないで。これは私が開発した『完全没入型・魔導仮想現実空間』……名付けて『A&Lファンタジー・ダイブ』よ!!」


 私は一番手前にあるカプセルのハッチを開け、内部の複雑な魔法陣の構造を指差した。


「いい、ルミア。冒険者たちが一番求めているのは『命懸けのスリル』と『未知のモンスターとの戦闘』よ。でも、現実の討伐は常に死の危険が伴うし、強力なモンスターを探すだけでも一苦労でしょ? だから、その体験を『安全な幻影』として脳内に直接送り込むの!」


「脳内に直接……!?」

「そう! このカプセルに入ると、私が構築した巨大な魔力サーバー上の『仮想のダンジョン』に意識だけが転送されるの。視覚、聴覚、触覚……切られた時の痛みすらも、微弱な雷魔法の刺激で『本物そっくり』に再現されるわ! でも、現実の肉体はカプセルの中で安全に保護されているから、どれだけ仮想世界でモンスターに食べられても、絶対に死なないのよ!」


 私の熱弁に、ルミアはカプセルの表面を撫でながら、信じられないものを見るように目を見開いた。


「死なない……絶対安全なダンジョン……。しかも、モンスターの補充費用もゼロ……」


「さらに!」

 私は手元の魔導端末を操作し、ルミアに見せつけた。


「カプセルの中で冒険者が戦っている映像は、魔力通信網を通じて、帝国中の市民の端末に『生中継(ライブ配信)』されるわ! 市民は安全な自宅のベッドで寝転がりながら、凄腕の冒険者が巨大なドラゴンと戦う大迫力の映像を、極上の娯楽として楽しめるのよ!」


「…………ッ!!」

 ルミアの瞳孔が、限界まで拡大し、そして美しい三日月の形に歪んだ。

 完全に、えげつないビジネススキームを閃いた時の顔だ。


「アリス……貴女、自分がどれだけ恐ろしい集金システムを作ったか分かってる!?」

「えっ? だって、みんなが楽しく戦えて、それを見てみんなが喜べば、ハッピーでしょ?」


「ハッピーなんて生易しい言葉で片付けないで!!」

 ルミアは私の肩をガシッと掴み、興奮で息を荒くした。


「視聴者が配信を楽しむだけじゃないわ! 素晴らしい戦いを見せた冒険者に対して、視聴者が『A&Lペイ』を使って、直接『応援金(投げ銭)』を送れるシステムを追加しなさい!!」

「な、投げ銭!?」


「そうよ! 冒険者はカプセルの中で戦うだけで、仮想のモンスター素材だけでなく、帝国中の視聴者から莫大な現金リアルなゴールドを投げ銭として受け取れる! そして、私たちはその投げ銭の『三割』をシステム利用料としてピンハネするのよ!! さらに、配信の合間に『A&Lビューティー』の美容ポーションの広告映像を強制的に挟み込む!!」


 ルミアの恐るべき経営脳は、私の純粋な娯楽兵器を、一瞬にして完璧な『超・錬金術システム』へと昇華させた。


「あはははは!! 凄まじい! えげつないわアリス! これで血の気の多い連中は、スリルとお金の中毒になって一日中このカプセルから出られなくなる! 視聴者も興奮してなけなしの生活費を投げ銭に注ぎ込む! 誰も傷つかない仮想現実で、莫大な現金だけが私たちの金庫にリアルに吸い込まれていくのよ!!」


 安全なデスゲームと、承認欲求を換金するシステム。

 私は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。この女、聖女の皮を被った資本主義の悪魔だ。


「さ、最高ねルミア社長! じゃあ、今すぐこのカプセルの起動テストを――」


「――私の許可なく、君の意識を別の空間へ飛ばす気か? アリス」


 ふいに、地下室の温度が氷点下にまで下がったような、絶対零度の声が響いた。

 重厚な扉の前に立っていたのは、漆黒の軍服に身を包んだ帝国の影の皇帝、ユリウス大公だった。


「ユ、ユリウス様! お疲れ様です!」

「大公閣下。またしても音もなく……」


 ユリウスはスタスタと歩み寄り、私の手から仮想現実カプセルの起動キーを静かに奪い取った。

 彼のアメジストの瞳には、かつてないほど濃密な独占欲と、過保護すぎる警戒心が渦巻いている。


「アリス。たとえ仮想現実であろうと、君の意識(魂)が私の手の届かない場所へ行くなど、断じて許容できない。もしそのカプセルの魔力回路にエラーが生じ、君の意識が戻らなくなったらどうするつもりだ?」

「だ、大丈夫ですよ! 何重にもセーフティをかけてますから! それに、私自身がテストプレイしないと、痛覚フィードバックの微調整が……」


「ならば、私が同行する」

 ユリウスは有無を言わさぬ口調で断言した。


「隣のカプセルを起動しろ。君の創り出した世界がどれほど精巧なものであろうと、私が君の絶対的な盾となる。……君に指一本、いや、幻影の爪一本たりとも触れさせるつもりはない」


 それは、テストプレイという名の、仮想空間での強制護衛デートの宣言だった。

 冷徹無比な彼が、私の作ったゲームのテストに付き合ってくれる。その事実だけで、私の心臓の魔力回路はドクンと大きく跳ねた。


「……わかりました。じゃあ、二人で『初級ドラゴン討伐クエスト』に入りましょう!」


 ◆◆◆


『システム起動。A&Lファンタジー・ダイブへようこそ』


 無機質なアナウンスと共に、私の意識はカプセルの中から光のトンネルを抜け、全く別の空間へと転送された。

 目を開けると、そこは荒涼とした岩山が連なる、見渡す限りのリアルな仮想フィールドだった。

 頬を撫でる風の温度も、足元の砂利を踏みしめる感覚も、現実と全く区別がつかない。


「おおっ……! 完璧なレンダリング(幻影構築)だわ! 私ってば天才!」

 私が自分の手を見つめて感動していると、すぐ隣に、光の粒子が集まって一人の長身の男性の姿を形作った。

 漆黒の軍服を着た、ユリウスだ。


「……なるほど。五感のすべてを魔力信号でハッキングしているのか。驚くべき没入感だ。これなら、並の人間は現実と区別がつかなくなるだろう」

 ユリウスは冷静に周囲を見渡し、そして真っ直ぐに私へと視線を向けた。


「だが、どんな世界であろうと、君の美しさは変わらないな。いや、この世界では私が君を独占できる分、より魅力的に見える」

「もぉ……ユリウス様、ここはテスト空間ですからね!? イチャイチャ禁止です!」

 私が顔を赤らめて抗議した、その時だった。


 ズズズンッ……!!

 大地が揺れ、岩山の陰から、全長二十メートルを超える巨大な『紅蓮の飛竜クリムゾン・ワイバーン』が姿を現した。


『ギャオオオオオオオオッ!!』

 空気を震わせる圧倒的な咆哮。口からは灼熱の炎が漏れ出ている。

 私がプログラミングした、この仮想空間における最初のボスモンスターだ。


「よし! 出たわね! ユリウス様、見ててください! この仮想空間では、あらかじめ設定した『ステータス』に基づいて戦うんです! 今の私のステータスなら、あのドラゴンの攻撃を一発受けて、痛覚フィードバックのテストを――」


 私が言い終わるよりも早く。

 ユリウスが一歩、前に出た。


 彼のアメジストの瞳が、紅蓮の飛竜を氷のように冷たく射抜く。

 瞬間、仮想空間であるはずのこの世界全体が、彼の放つ『本物の殺気』と『圧倒的な魔力』によって、ビリビリと悲鳴を上げて軋み始めた。


「なっ……! ユ、ユリウス様!? ここは仮想空間ですよ!? 現実の魔力は持ち込めないはずじゃ……!」


「幻影であろうと、プログラムの塊であろうと関係ない」

 ユリウスはゆっくりと右手を上げ、飛竜に向けて指を鳴らした。


「私の最愛アリスに向かって吠え面をかいた罪……万死に値する。消え失せろ」


 パチンッ。

 その指の音と共に。


 仮想空間のシステムそのものを物理的に書き換えるレベルの、極大の『空間断絶魔法』が発動した。

 飛竜の姿が、炎を吐く間もなく、まるでガラスが割れるようにパリンッ!と砕け散る。

 いや、飛竜だけではない。背後の岩山も、空のテクスチャ(背景)も、彼の圧倒的な魔力容量オーバーフローにサーバーの計算処理が全く追いつかず、世界そのものがバグって崩壊し始めたのだ。


『エラー。エラー。許容量をオーバーする魔力係数を検知。システムに致命的なバグが発生しました。強制シャットダウンを実行します』


 プツンッ。

 私の視界は、真っ黒に暗転した。


 ◆◆◆


「プハァッ!!」

 カプセルのハッチが開き、私は現実世界の地下室でむせ返りながら身を起こした。


「ゆ、ユリウス様!! 何やってるんですか!! 私の徹夜で作った仮想サーバーが、貴方の魔力のせいで物理的に焼き切れちゃったじゃないですか!!」


 隣のカプセルから優雅に降り立ったユリウスは、悪びれる様子もなく、私の髪を優しく撫でた。


「すまない。だが、君を脅かす存在プログラムが視界に入った瞬間、私の防衛本能が理性を凌駕してしまった。……君が怪我をするシミュレーションなど、私は一秒たりとも見たくないのだ」


 その言葉は、あまりにも過保護で、あまりにも常識外れで。

 システムのバグよりも、彼の私への愛情のバグの方がよっぽど深刻だった。


「もぉぉぉ……! しょうがないですね、サーバーの強化とユリウス様の出禁設定は後で私が直しておきます!」

「出禁だと? それは困るな。……君がこのカプセルに入る時は、必ず私が横で君の生身の肉体を抱きしめて守っていよう」


「それじゃ意味ないですよっ!」

 私が顔を真っ赤にして抗議していると、ルミアが呆れたように魔導端末を叩いていた。


「(……ほんと、どこに行ってもこの二人は自分たちの世界ね。まあ、今の『大公閣下によるバグ破壊』の映像、テスト配信で流しておいたから、帝国の市民たちからは『大公閣下強すぎ!』『アリス様への愛が尊い!』って数千万ゴールドの投げ銭が飛んできてるから許すわ)」


 転んでもタダでは起きないルミアの錬金術により、A&Lファンタジー・ダイブは最高の宣伝効果と共に、華々しいスタートを切ることとなった。


 ◆◆◆


 その数日後。

 帝国の市民や冒険者たちが、安全な仮想空間でのデスゲームと投げスーパーチャットの熱狂に酔いしれている頃。


 完全に物流と経済、そして人材を絶たれ、息も絶え絶えとなった祖国、王国の王城に、一台の豪奢な馬車が到着した。


「……ここが、かつて栄華を極めた王城か。まるで巨大な墓標だな」


 馬車から降り立ったのは、漆黒の軍服を着た帝国の特使――ユリウス大公の直属の部下であった。


 特使は、ネオンピンク色の顔をした国王と、骨と皮だけになったギルバート王子(ハムスター労働から解放され、強制送還されていた)が力なく座る玉座の間へと通された。


「て、帝国の特使よ……! ようやく、食料と魔石の援助を持ってきてくれたのだな……! 頼む、いくらでも払う! 我々の宝物庫の鍵を開けてくれれば……!」

 国王がよだれを垂らしながら特使の足元に縋り付く。


 しかし、特使は冷酷な目で彼らを見下ろし、一枚の羊皮紙を突きつけた。


「援助? 勘違いをなされるな、元・国王陛下。私が本日参ったのは、我が帝国の『魔導商会A&L』の代理人として、この国の【買収手続き】を行うためです」


「ば、買収だと……!?」


「ええ。貴国はすでに、莫大な負債を抱え、国家としてのインフラ維持機能を完全に喪失しております。我がA&L商会のルミア社長からのご提案です。……この王国の全領土および王城を、金貨百枚(※庶民の生活費数ヶ月分)で買い取らせていただきます」


「き、金貨百枚だとぉぉ!? ふざけるな! 一国の価値が、そんなはした金であるはずが……!」

 ギルバートが絶叫する。


 特使は鼻で笑った。

「はした金? アリス様の技術を失い、魔石も枯渇し、民は全員帝国へと逃げ出したこの泥船に、金貨百枚でも値段がつくことを感謝していただきたいものですな。サインを拒否されるなら、このまま一週間以内に貴方たちは完全に餓死することになるでしょう」


 選択肢など、初めから存在しなかった。

 生かさず殺さず、極限まで兵糧攻めにし、国家の価値を紙くず以下に暴落させてから、合法的にすべてを奪い取る。

 これこそが、ルミアが描いた「完全なる復讐」にして、究極の企業買収(M&A)であった。


「あ、あああ……っ」


 震える手で、国王が買収合意書にサインをする。

 その瞬間、長きにわたって栄えた王国は地図上から完全に消滅し、魔導商会A&Lの『私有地(巨大な倉庫置き場)』へと成り下がったのである。


「これで、過去の清算はすべて完了ね」

 魔導端末越しに報告を受けたルミアは、シーサイド・ガルドの美しい海を見下ろしながら、極上のワイングラスを傾けた。


 かつて無能と蔑まれた令嬢と、搾取されていた聖女。

 二人の少女が創り出した『魔導商会A&L』は、一国を経済の力だけで飲み込み、名実ともに大陸の絶対的な支配者として君臨した。


「さあ、アリス! 国も手に入れたことだし、次は空にでも巨大な魔導都市を浮かべるわよ!!」

「いいわね! ユリウス様からまた無限の予算を引っ張ってきましょう!」


 私の隣では、帝国最強の大公閣下が、呆れたように、しかし愛おしそうに私の髪を撫でている。

 私たちの非常識なビジネスと魔法、そして終わらない甘い恋の覇道は、これからも世界を美しく、そして劇的に破壊し続けていくのだった。


(第14話 終わり)

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