第11話:魔法の電子決済『A&Lペイ』の覇権と、影の皇帝との甘すぎるお忍び視察(デート)
「……重い。重すぎるわ。アリス、どうにかしてちょうだい」
オーシャン・モールの地下最下層に新設された、魔導商会A&Lの『巨大金庫室』。
ルミアは、文字通り「山」のように積み上げられた金貨や銀貨の山を前に、美しい顔をしかめていた。
「ええっ、ルミア社長。お金が稼げて嬉しいって、昨日まで金貨のプールで泳いで高笑いしてたじゃないですか」
「稼げるのは嬉しいわよ! でもね、物理的な『質量』が問題なの!」
ルミアはバインダーで金貨の山をバンバンと叩いた。
「いい、アリス。貴女が構築した『A&Lダイレクト・エクスプレス(即時空間配送)』と、無人店舗の大成功によって、毎日信じられない量の商品が売れているわ。それに伴って、帝国中から空間転送でこの金庫に硬貨が送られてくる。ここまでは完璧よ。……でも、この膨大な硬貨を、商品の仕入れ先である商人や工場に『支払う』時のことを考えてみて」
「あ……」
私はポンと手を打った。
「そうよ。帝国中の工場に数億ゴールドの支払いをするために、わざわざこの重い金貨を馬車や飛竜に積んで運ばなきゃいけない。人件費ゼロで稼いだのに、お金を『移動させる』ためだけに莫大な護衛費と輸送費がかかっているのよ! お金なんて、ただの『価値の証明』に過ぎないのに、金属の塊である以上、物理的な限界があるわ!」
ルミアの指摘は、極めて真っ当なビジネスの壁だった。
経済が爆発的に加速しすぎた結果、通貨という「ハードウェア」が追いつかなくなっているのだ。
「なるほどね……。お金そのものの『質量』をゼロにしろ、ってことね」
私はあごに手を当て、脳内の魔力回路をフル回転させた。
「ルミア、みんなが持っている『H.I.M.A.(ヒマ)端末』。あれの機能に、もう一つ画期的なシステムを追加しましょう」
「質量をゼロにするシステム? まさか、お金まで空間転送する気?」
「ううん、もっと根本的よ。お金を『数字』に変換するの」
私は近くにあった白板に、新たな魔法陣の構想をスラスラと書き始めた。
「名付けて、超暗号化・魔導電子決済システム……『A&Lペイ』よ!」
「ペイ……? 支払う、という意味ね」
「そう。まず、市民や商人たちに、手持ちの金貨を私たちの『A&L魔導銀行(仮)』に預けさせるの。そして、預けた金額と同じ分の『魔導ポイント(数字)』を、それぞれのヒマ端末にチャージする。以降の買い物や、商人同士の取引、給料の支払いは、すべてヒマ端末同士を触れ合わせるか、遠隔の通信で行うのよ!」
私は白板に、端末同士で数字が移動する図を描いた。
「支払いの瞬間、ヒマ端末から『個人の魔力波長(生体認証)』と『暗号化された取引記録』が光の速さで本社の巨大魔力サーバーに送られ、台帳が自動で書き換わる。これなら金貨を一枚も動かすことなく、一瞬で数億ゴールドの取引が完了するわ! もちろん、暗号化には私の最高難度の多重魔法陣を使うから、偽造やハッキングのリスクは物理的にゼロよ!」
「…………ッ!!」
ルミアの瞳孔が、再びカッと見開かれた。
彼女の恐るべき経営者脳が、この『A&Lペイ』がもたらす真の価値を瞬時に弾き出したのだ。
「貨幣の電子化……! これが普及すれば、帝国の市民はもう重い財布を持ち歩く必要がなくなる。そして何より……帝国内で流通するすべての『お金の流れ(キャッシュフロー)』を、私たち魔導商会A&Lが完全に管理・把握できるようになるということね!?」
「その通り! 誰が、いつ、どこで、何にお金を使ったか。そのビッグデータを掌握すれば、無駄な在庫はゼロになり、帝国の経済そのものを私たちがコントロールできるわ!」
「あははははは!! 凄まじい!! 恐ろしいわアリス! つまり私たちは、帝国の『中央銀行』すらも不要にして、国家の心臓(経済)を完全に手中に収めるということよ!! さあ、今すぐ帝国全土に『A&Lペイ』の加盟店を増やすわよ! 最初の三ヶ月は決済手数料を無料にして、一気に市場を独占するの!!」
ルミアの高笑いが、地下金庫室に反響する。
私たちはまたしても、誰も思いつかない常識外れのインフラを生み出してしまったのだ。
「――相変わらず、君たちの企みは帝国の玉座すら脅かしかねないな」
ふいに、金庫室の扉が開き、漆黒の軍服に身を包んだユリウス大公が静かに歩み寄ってきた。
彼のアメジストの瞳は、白板に描かれた『A&Lペイ』の構想図を見て、鋭い光を放っていた。
「ユリウス様! お疲れ様です!」
「大公閣下。またしても神出鬼没ですね」
「視察だ。……アリス、貨幣の概念を『情報』に置き換えるとは。これで帝国の経済速度は他国の一万倍に跳ね上がるだろう。……だが、通貨発行権に等しい権力を一介の商会が握れば、必ず皇帝陛下や元老院から横槍が入る」
ユリウスの言葉に、ルミアがわずかに表情を引き締めた。
いくら私たちが便利で画期的なシステムを作っても、国家権力によって「使用禁止」にされれば一貫の終わりだ。
「だから、私が裏で手を回した。この『A&Lペイ』による魔導電子決済を、帝国の『公式通貨』として認可させる。その代わり、取引データの極秘閲覧権限の監視者として、私(大公家)が『A&L魔導銀行』の共同代表に名を連ねる。……これで、元老院のタヌキ共も口出しはできん」
「ユリウス様……! ありがとうございます! 最高の根回しですわ!」
ルミアが歓喜の声を上げる。
どんな無茶苦茶な技術を作っても、それを完璧な政治力で保護してくれる。本当に最強のパトロンだ。
「よし! なら、私は今すぐサーバーの魔法陣の最終調整に入りますね! 徹夜でコード(数式)を書き上げないと……!」
私が作業着の袖をまくり上げ、再びラボに戻ろうとした、その時だった。
ガシッ。
ユリウスの大きく冷たい手が、私の腕を力強く、しかし優しく掴んだ。
「ユリウス様……?」
「却下だ。君は今日、この瞬間から半日間の『完全な休息』をとる」
「えっ!? でも、A&Lペイの公開日が……!」
「ルミア、公開日は三日後で問題ないな?」
「ええ、大公閣下の命とあらば。それに、アリスには少し休んでもらわないと、過労で倒れられたら我が社の株価が暴落しますからね」
ルミアはあっさりと私を売り飛ばし、バインダーを抱えてスタスタと金庫室を出て行ってしまった。
「ちょ、ルミア!?」
「アリス。君の目元のクマが、私への何よりの反逆だ。私の最も価値ある宝が擦り減っていくのを、これ以上黙って見ているわけにはいかない」
ユリウスは有無を言わさない強引さで私の腰を抱き寄せると、アメジストの瞳で至近距離から私を見下ろした。
「今から、君を連れ出す」
「連れ出すって……どこへですか?」
「この『シーサイド・ガルド』の街だ。君の技術で帝国一美しくなったこのリゾートを、君自身がまだ一度も楽しんでいないだろう。……お忍びの視察だ。私と二人きりでな」
それって、つまり……デート、ということでは!?
私の脳内の思考回路が、未曾有のエラーを吐き出してショートしかけた。
◆◆◆
一時間後。
私たちは、潮騒が心地よく響くシーサイド・ガルドの美しい海浜プロムナード(遊歩道)を歩いていた。
私の魔法で浄化された白亜の石畳は、夏の陽射しを反射してキラキラと輝いている。道行く観光客たちも、皆一様に笑顔で、ヒマ端末で写真を撮り合ったり、買い物を楽しんだりしていた。
「素晴らしい景色だ。かつての薄汚れた寂れ町が嘘のようだな」
私の隣を歩くユリウスが、感嘆の息を漏らす。
今日の彼は、いつもの威圧的な漆黒の軍服ではなく、仕立ての良いシンプルな白のシャツと紺色のスラックスという、上流階級の休日のようなラフな格好だった。
しかし、その隠しきれない圧倒的な美貌とスタイルの良さに、すれ違う女性たちが次々と頬を赤らめて振り返っていく。
一方の私はといえば。
「(……ユリウス様、どうしてそんなに目立つんですか。これじゃお忍びになってませんよ)」
「(気にするな。私の視界には君しか入っていない)」
彼は私の手をしっかりと握ったまま、平然とそう言い放つ。
私はといえば、ルミアが『デート用よ!』と無理やり着せかけてきた、オフショルダーの可愛らしい水色のサマードレスを着ていた。
もちろん、ただのドレスではない。生地の裏地には『超広域・自動迎撃型マジックシールド』の回路を編み込み、スカートのフリルの裏には小型の麻酔針射出機を仕込んだ、完全武装・夏のお出かけ仕様だ。
「(アリス、君のスカートから微かに金属音がするのだが。また何か物騒なものを仕込んだな?)」
「(乙女の秘密です。万が一、ユリウス様に不届き者が襲いかかってきたら、私が蜂の巣にして差し上げますから安心してください!)」
「(……君に守られるのも悪くないが、私の男としてのプライドが許さないな。君を害する者は、私が事前にすべて灰にする)」
物騒極まりない会話を極上の笑顔で交わしながら、私たちは観光客で賑わう屋台通りへと足を向けた。
「あっ! ユリウス様、見てください! あそこの屋台、『A&Lペイ』の試験導入店舗ですよ!」
私が指差したのは、甘い香りを漂わせるクレープの屋台だった。
店先には、ヒマ端末をかざすための小型の『魔力受信機』が置かれている。
「何か食べるか?」
「はい! チョコバナナクレープが食べたいです!」
私たちが屋台に並ぶと、店主の愛想の良いおばさんが笑顔で出迎えてくれた。
ユリウスが手元のヒマ端末を操作し、屋台の受信機に軽く『かざす』。
ピロンッ!
『決済完了:五百ゴールド』
涼しげな電子音と共に、一瞬で支払いが完了した。
財布を出す手間も、お釣りを受け取る時間もない。完璧なスマート決済だ。
「おお……! 実際に屋外で稼働しているのを見ると、感動しますね! エラーも遅延も全くなしです!」
「ああ。君の作ったシステムは、魔法よりも魔法らしいな」
ユリウスは受け取ったクレープを、なんと私に直接手渡すのではなく、自分の手に持ったまま私の方へと差し出した。
「……ユリウス様?」
「食べたいのだろう? 口を開けろ」
なっ!?
あ、あーん、をしてくれるというのか!? この、帝国の影の支配者たる冷徹無比な大公閣下が、白昼堂々、往来のど真ん中で!?
「む、無理です! 恥ずかしすぎます! 自分で持てますから!」
「私が君を甘やかしたいと言っているのだ。……ほら」
ユリウスの有無を言わさぬ、しかし甘く蕩けるようなアメジストの瞳に見つめられ、私は完全に逃げ場を失った。
周囲の観光客たち(特に女性陣)から、「きゃーっ!」「なんて素敵なの……!」という黄色い悲鳴が上がる中、私は顔を真っ赤にして、おずおずとクレープの端をかじった。
「……おいひいです」
「そうか。それはよかった」
ユリウスは極上に優しい笑みを浮かべ、私の口元についたクリームを、彼自身の長い指ですくい取り……あろうことか、そのまま自分の口へと運んで舐め取った。
「っ……!!??」
私の脳内の処理能力が限界を突破し、ボフゥッ!と頭から湯気が出た。
反則だ。このパトロン、投資の規模も愛情の規模も、すべてが致死量を超えている。
「ユ、ユリウス様……! そういうのは、もっと人のいないところで……っ」
「誰に見られようと構わない。君が『私のもの』であることを、この帝国のすべての輩に知らしめる良い機会だ」
彼は満足げに私の手を引き、再び歩き出した。
その後も私たちは、美しい海岸線を散歩し、モールの最新のエンタメ施設を視察(という名の遊び)して回った。
彼は私がヒマ端末で目をつけたアクセサリーや魔導具の素材を、次々と『A&Lペイ』で即時決済し、買い与えてくれた。
まさに、最強の権力者による無限の甘やかし。
私は彼の手のひらの上で、これ以上ないほどの幸福感と安心感に包まれていた。
「アリス」
夕暮れ時。オレンジ色に染まる海を見下ろす高台で、ユリウスが静かに足を止めた。
海風が彼の前髪を揺らし、その完璧な横顔を夕日が照らし出している。
「今日は、とても楽しかった。君の笑顔を隣で見ているだけで、私の退屈な日常が、極彩色の光に満ちていくようだ」
「ユリウス様……」
彼は懐から、小さなベルベットの箱を取り出した。
パカッ、と開かれた中には、彼のアメジストの瞳と同じ色をした、最高級の魔力結晶石で作られた美しいネックレスが入っていた。
「これを、君に。君の魔力を安定させる特注の防護魔石だ。……そして、君が私の庇護下にあることを示す、絶対の刻印でもある」
ユリウスは私の背後に回り、その冷たく美しい指先で、そっと私の首にネックレスをかけてくれた。
彼の体温と香りが、私を優しく包み込む。
「絶対に、外さないでくれ。君に万が一のことがあれば、私は世界を焼き尽くす」
「……はい。ずっと、身につけておきます。私の最強の防壁からの、大切な贈り物ですから」
私は胸元の魔石を強く握りしめ、ユリウスに向かって最高の笑顔を向けた。
彼のアメジストの瞳が、限界まで熱を帯びる。
二人の影が、夕暮れの海辺で一つに重なろうとした、その時――。
「(ピロロロンッ! ピロロロンッ!!)」
私のバッグの中の『ヒマ端末』が、空気を読まずにけたたましい緊急通知音を鳴り響かせた。
「っ!?」
「……チッ」
ユリウスが、かつてないほど不機嫌な舌打ちをした。帝国の敵を殲滅する時よりも恐ろしい顔だ。
私は慌てて端末を開く。
画面には、ルミアからの緊急メッセージが表示されていた。
『アリス! デート中ごめんなさいね! でも最高に滑稽な報告が入ったわ! 王国のギルバート王子が、我が社の「A&Lダイレクト・エクスプレス」で、ハンバーガーを一個だけ注文してきたの!!』
「……は?」
私は思わず、間の抜けた声を出してしまった。
◆◆◆
――時間を少し遡る。
完全に物流と経済が崩壊し、餓死寸前の地獄と化した王国の王城。
「はぁ……はぁ……腹が、減った……」
泥だらけの服を着たギルバート元王子は、王城の薄暗い一室で、ガリガリに痩せ細った体を震わせていた。
国庫が物理的にロックされ、商人たちに見捨てられた王国には、もはやパン一片すら残されていなかった。
「そうだ……! 帝国で流行っているという、あの『魔法の板』……! あれを使えば、空間転送で食べ物が届くはずだ……!」
ギルバートは、逃げ出したメイドが落としていった『ヒマ端末』を震える手で拾い上げた。
画面をタップし、『A&Lダイレクト・エクスプレス』のアプリを開く。
そこには、彼がかつて食べていたような豪華な肉料理や、美しいスイーツの画像が並んでいた。
「おお……! 素晴らしい! これだ、この『A&L飛竜バーガー』を一つ、我が王城へ届けよ!!」
ギルバートは狂ったように『注文』のボタンをタップした。
しかし、画面には無機質な文字が浮かび上がる。
『エラー:A&Lペイの残高が不足しています。チャージしてください』
「な、なんだと!? ふざけるな! 俺を誰だと思っている! 王国の王太子だぞ!! 金ならある!」
ギルバートは懐から、王族の証である『純金製の王家のペンダント』を取り出した。国宝級の代物だ。
彼はそれを、ヒマ端末の画面に力任せに擦り付けた。
「ほら! これで払う! だから早くハンバーガーを出せ!!」
ガンッ! ガンッ!とペンダントを画面に叩きつけるギルバート。
当然、物理的な金属の塊を画面に擦り付けたところで、電子決済の『A&Lペイ』が反応するはずがない。
『エラー:不正な物理的衝撃を検知しました。王国の通貨および貴金属は、現在A&L商会との取引において【価値ゼロ(紙くずと同等)】に設定されています』
「か、価値ゼロだとぉぉぉ!?」
ギルバートは絶望のあまり、ヒマ端末を床に取り落とした。
そうだ。ルミアのえげつない金融戦略により、魔石という裏付け(担保)を失った王国の通貨や宝飾品は、国際市場において完全に価値を失っていたのだ。
彼らがどれだけ金塊を持っていようと、魔導商会A&Lが展開する「新しい経済圏」の中では、石ころ以下のゴミでしかなかった。
「ア、アリス……! 頼む、俺が悪かった……! 空調を直さなくてもいい! マナー講座も受けなくていい! だから……ハンバーガーを……ポテトを俺に食わせてくれぇぇぇ!!」
かつてアリスの技術を「ガラクタ」と見下し、彼女の心を蔑ろにした愚かな王子の悲痛な叫び。
それは、飢えと絶望の中で、完全に干上がった王城に虚しくこだまするだけだった。
彼が自らの手で捨てた「ガラクタ」は、今や世界経済を支配する「絶対の法」となり、彼自身の首を物理的に絞め上げている。
完全なる敗北。
王国の滅亡は、もはや武力によってではなく、完全に『経済と技術による兵糧攻め』によって、静かに、そして残酷に確定したのである。
「……ふふっ。本当に、見事な自業自得ね」
ヒマ端末越しにその滑稽な顛末を知った私は、夕暮れの海辺で、最高にスッキリした笑顔を浮かべた。
隣に立つユリウスも、無能な者の末路を嘲笑うように、冷たく美しい笑みを浮かべている。
「さあ、ユリウス様。邪魔も入りましたし、そろそろモールの私のラボに戻りましょうか。A&Lペイの帝国全土展開、徹夜で仕上げちゃいますから!」
「ああ。だが……その前に、先ほどの続きだ」
ユリウスは私の腰を再び抱き寄せ、今度こそ逃さないとばかりに、私の唇に熱い口付けを落とした。
電子決済による圧倒的な経済支配と、甘すぎるパトロンの独占欲。
私たちの創り出す新しい世界は、まだまだ無限に広がっていくのだった。
(第11話 終わり)




