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第10話:超空間・魔導物流ネットワークの開通と、干上がる王国の商人たち

「ルミア社長! 先週無料配布を開始した『H.I.M.A.(ヒマ)端末』ですが、帝都市民およびシーサイド・ガルドの住民における普及率が、なんと驚異の九十五パーセントを突破しました! 今や老若男女問わず、誰もがこの端末の画面に釘付けです!」

「よろしい。プラットフォームの掌握は第一段階クリアね。さあ、休んでいる暇はないわよ。次なる一手、『帝国全土の物流の完全掌握』を実行に移すわ」


 オーシャン・モールの最上階、CEO執務室。

 ルミアは、壁一面に投影されたヒマ端末の莫大な利用データを示すグラフを見上げながら、冷酷で美しい微笑みを浮かべていた。


 ヒマ端末の普及により、帝国の人々の生活は劇的に変化した。

 遠く離れた家族との即時メッセージ、情報収集、そして暇つぶしのための映像配信。人々はもう、この薄いクリスタルの板なしでは生きられない体になりつつあった。


 そして今日、私たちはそのヒマ端末を利用した、帝国の歴史を永遠に変える「超大型アップデート(新規事業)」を投下しようとしていた。


「アリス、貴女に開発を依頼していた『超空間・魔導物流ネットワーク』……進捗はどう?」

「ふふん、完璧に仕上がっているわよ。私の圧倒的な魔導回路設計を舐めないでよね」


 私は作業着のポケットから自分のヒマ端末を取り出し、ルミアのデスクの上に置いた。

 画面を数回タップし、荷車のアイコンが描かれた新しい機能を開く。


「名付けて、完全自動・即時配送システム……『A&Lダイレクト・エクスプレス』よ!!」


 私が画面を操作すると、そこにズラリと日用品から高級魔導具、さらには生鮮食品までのリストが、美しい立体映像と共に表示された。


「いい、ルミア。これまでの商業は、わざわざ店舗まで足を運んで重い荷物を持ち帰るか、高額な送料を払って馬車便を頼むしかなかったわよね?」

「ええ。特に地方の貴族や平民は、帝都の最新の品を手に入れるのに何週間も待たされる。時間もコストも絶望的に非効率よ」


「そこで、この『A&Lダイレクト・エクスプレス』の出番よ! お客様は毎朝、ベッドの中でこのヒマ端末を開き、帝国中のあらゆる商品を閲覧できる。そして欲しいものを見つけたら、画面の『購入』ボタンをタップするだけ!」


 私が画面上の『帝都限定・特級マカロン詰め合わせ』というボタンをタップすると、ピロンッ!という軽快な音が鳴った。


「ここからが私の真骨頂よ。ルミア、モールの地下に新設した『魔力サーバー室』を覚えているわね?」

「ええ、貴女が太陽光マナ変換陣の余剰エネルギーをすべて注ぎ込んでいる、あの巨大なクリスタルの部屋のことね」


「そう! 購入ボタンが押された瞬間、そのデータは光の速さで地下の魔力サーバーに飛び、本社倉庫の『空間転送陣』とリンクするの。そして、商品は一瞬で光の粒子に分解され……お客様の自宅に事前配布しておいた『小型・受信魔法陣マット』の上へと直接転送されるわ!」


 ポンッ!

 私の言葉と同時に、ルミアのデスクの端に置いてあったテスト用の受信マットの上に、美しい小箱に入ったマカロンの詰め合わせが空間の歪みと共に出現した。


「…………ッ!!」

 ルミアが、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。

 その瞳孔が、歓喜と興奮でカッと開いている。


「店舗への移動時間ゼロ! 馬車による輸送期間ゼロ! 注文から受け取りまで、たったの三秒!? つまり帝国の市民は、家から一歩も出ずに、あらゆる商品を即座に手に入れられるということね!?」

「その通り! これで帝国の物流網は、馬車や船から『空間転送』という全く新しい次元にシフトするわ! 距離という概念そのものを、私の魔法で物理的に破壊してやったのよ!」


「あははははは!! 凄まじい! えげつないわアリス! これで旧態依然とした商人ギルドや運送業者は、完全に存在意義を失う! 私たちのヒマ端末が、事実上の『世界最大の市場マーケット』として君臨するのよ! 送料と販売手数料だけで、毎日莫大な不労所得が転がり込んでくるわ!!」


 ルミアの狂気じみた高笑いが執務室に響き渡る。

 しかし、このシステムを維持するためには、途方もない量のマナが必要になる。それをモールの自然魔力発電だけで完全に賄い切る緻密な数式こそが、私の最大の芸術作品マスターピースだった。


「――相変わらず、君たちの考えるビジネスは国家の根幹を揺るがすな」


 ふいに、執務室の重厚な扉が開き、漆黒の軍服に身を包んだユリウス大公が静かに入室してきた。

 彼のアメジストの瞳は、デスクの上に出現したマカロンと、私の持つヒマ端末を的確に読み解き、深く満足げな光を帯びていた。


「ユリウス様! お疲れ様です!」

「大公閣下。またしても護衛なしですか」


「帝国の影の支配者に、護衛など不要だ」

 ユリウスは短く答え、私のそばまで歩み寄ると、デスクの上のマカロンを一つ手に取り、静かに口に運んだ。


「……美味い。帝都の老舗の味が、海沿いのこの街で、一秒の劣化もなく味わえるとはな」

「でしょ!? これなら、帝国のはるか北の雪国に住んでいる人でも、南国の新鮮なフルーツを毎朝食べられるようになるんです!」


 私が無邪気に胸を張ると、ユリウスはふっと口角を上げ、私の腰に手を回してグッと引き寄せた。


「きゃっ!?」

「だが、アリス。君はこれが『単なる便利な買い物システム』にとどまらないことを、当然理解しているのだろうな?」


 至近距離で見下ろしてくる彼の瞳には、逃げ場のない独占欲と、底知れない知的な熱が渦巻いていた。


「え……?」

「この『長距離・即時空間転送ネットワーク』。これを軍事に転用すればどうなる? 前線で戦う兵士たちに、水、食料、矢束、そしてポーションを、帝都からタイムラグなしで無限に送り届けることができる。兵站へいたんという戦争における最大の課題が、君の魔法陣一つで完全に消滅するのだ」


 ユリウスの言葉に、私は息を飲んだ。

 商人であるルミアが「究極の通信販売」の覇権を見出したのに対し、帝国の軍事と暗部を統べる彼が見出したのは、「絶対的な補給線」としての価値だった。


「アリス、君はまたしても、世界の力関係を根底から覆す『戦略兵器』を創り出してしまった。他国の王族や、帝国内の守旧派の貴族たちは、何としてでもこの技術を奪い、あるいは君を暗殺しようと血眼になるだろう」


 ユリウスの言葉の端々に、絶対零度の殺気が混じる。


「だから、君の周囲の警護はさらに厳重にする。このオーシャン・モールには、私の直属の特務部隊を一般客に扮して百名配置した。君に近づく不審者は、私の許可なく一瞬で物理的に排除される。……君は私が用意した完璧に安全な箱庭の中で、ただ自分の知的好奇心を満たすためだけに発明を続けていればいい」


 それは、私の自由を束縛するような、超独裁的で、しかし私への愛に狂った最強の防壁の宣言だった。


「もぉ……ユリウス様は心配性すぎますよ。私、防弾ドレスも着てますし、いざとなったら転送陣を逆回転させて、敵を海のど真ん中に強制転送できますから大丈夫ですってば」

「君に指一本触れられることすら、私の美学が許さない。君の安全は、帝国の存亡よりも重いのだ」


 彼が私の額にそっと、誓いのようなキスを落とす。

 ひんやりとした唇の感触に、私の顔は一瞬でリンゴのように真っ赤に染まった。

 CEO執務室のど真ん中での、甘すぎる絶対的な契約。


「(……あのさ、世界規模の物流革命の裏で、世界規模のイチャイチャを見せつけるのやめてもらっていいかしら? マカロンが砂糖以上に甘く感じるんだけど)」

 ルミアが呆れたように紅茶を飲み干し、バインダーに『A&Lダイレクト・エクスプレス・帝国全土展開スケジュール』を書き込み始めた。


 こうして、ヒマ端末を利用した革命的な物流ネットワークの開通が、水面下で猛スピードで動き出したのである。


 ◆◆◆


 その数週間後。

 私たちが帝国で物流の常識を破壊し、莫大な富を築き上げていた頃。

 完全に置き去りにされた祖国、王国の『王都商業ギルド本部』では、信じられない光景が広がっていた。


「……来ない。一向に、荷馬車が到着しないぞ……!?」


 かつては朝から晩まで、地方からの特産品や隣国からの輸入品を積んだ馬車でごった返していたギルドの巨大な荷受け場。

 しかし今、そこにあるのは、空っぽの木箱と、干草が風に舞うだけのゴーストタウンのような景色だった。

 カウンターの奥で、商業ギルドマスターが震える手で頭を抱えている。


「ど、どういうことだ!? 隣国からの小麦も、北の領地からの毛皮も、一切届かないだと!? 商人たちはどこへ行った!!」

「ギ、ギルドマスター! 大変です!」


 血相を変えたギルドの職員が、一枚の報告書を手に駆け込んできた。


「こ、これを! 国境の関所からの報告です! どうやら諸外国の商人たちは皆、王国との取引を打ち切り、帝国へと『販路』を移してしまったようです!」

「取引打ち切りだと!? 馬鹿な、なぜだ!」


「帝国の『魔導商会A&L』が始めた『空間転送・即時配送システム』のせいです! なんでも、帝国経由で商品を売れば、馬車を走らせる必要も、盗賊に襲われるリスクもなく、ボタン一つで消費者に直接商品が届くそうで……! しかも決済は『ヒマ端末』で確実に行われ、未払いのリスクもゼロ!!」


「なっ……!!?」

 ギルドマスターは報告書を見て、泡を吹いて卒倒しかけた。


「移動のリスクなし! 即時決済! そ、そんな条件を出されては、命懸けで荷馬車を走らせていた商人たちが王国のギルドに残る理由が……物理的に一つもないではないか!!」


 絶望的な事実。

 魔石を採掘する地下鉱山が崩落し、国庫がアリスの魔法陣で物理的に封鎖されている王国にとって、外部からの物資の輸入だけが唯一の命綱だった。

 しかし、その商人たちは『A&Lダイレクト・エクスプレス』の圧倒的な利便性と安全性に完全に魅了され、我先にと帝国へと商圏を大移動させていたのだ。


「終わった……! 食料もない、物資もない! この国は、文字通り『干上がる』……!!」


 ギルドマスターの悲鳴は、誰もいなくなった空っぽの荷受け場に虚しく響き渡るだけだった。


 さらに最悪なことに、王城では顔面が洗っても落ちないネオンピンク色に染まった国王が、物資不足のストレスで寝込み、国政は完全に麻痺。

 地下鉱山の崩落から奇跡的に生還したギルバート元王子は、泥水の中で「アリス……俺の顔を、ポーションで治してくれ……」と譫言を繰り返すだけの廃人となり果てていた。


 無能な者たちが、自らの手で国という名の船を完全に沈めていく中。

 私とルミア、そして最強のパトロンであるユリウス大公は、ヒマ端末と空間魔法を通じて、世界中の富と物資を完全に掌握しようとしていた。


「さあ、帝国全土の市民たち! 私の作った完璧な物流ネットワークで、極限まで快適な生活を謳歌しなさい! そして、すべての富はこの『魔導商会A&L』へと集うのよ!!」


 私の高らかな宣言が、モールの屋上から青空へと響き渡る。

 情報通信の支配から、物流の覇権へ。

 常識外れの『魔導商会A&L』の快進撃は、とどまることを知らずに加速し続けていくのだった。


(第10話 終わり)

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