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言命の律  作者: 松井環


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5/7

別れ

更新が少し遅くなりました。

これから新たな道へと進む張律と立ち止まっている明紀のエピソードです。


ぜひご覧ください。

家に着くと、母は台所にいた。


かまどの火を弱め、

鍋をかき混ぜる手は止めない。


「……おかえり」


振り返らずに言う。


「ただいま」


それだけで、十分だった。


食卓に並んだのは、

いつもと変わらない夕飯だ。


特別なものはない。

だが、落ち着く匂いがした。


「長くなるの」


箸を動かしながら、母が言う。


「……うん」


「そう」


それ以上、聞かれなかった。


しばらくして、母は言う。


「帰れるときは、帰りなさい」


律は、頷いた。


川沿いに行くと、

李 明紀(リ ミンジ)がいた。


石の上に腰を下ろし、

水の流れを見ている。


「来ると思ってた」


振り返らずに言う。


「うん」


律は、少し離れた場所で立ち止まる。


並ばない。

でも、遠すぎない。


「今日さ」


明紀が言う。


「朝、

 あんたの声しないの、変だった」


律は黙る。


「いつも通り起きたのに、

 いつも通りじゃなかった」


小さく笑う。


「……慣れって、怖いね」


川の音が、間を埋める。


「行くんでしょ」


「……うん」


「近いけど、遠いとこ」


「……うん」


それ以上、言葉はいらなかった。


明紀は、ようやく律を見る。


「帰る?」


問い方は軽い。


「わからない」


「そっか」


明紀は、少しだけ息を吐いた。


「じゃあさ」


一歩、距離を詰めるでもなく、

離れるでもなく。


「変な人にならないで」


「急に、

 偉そうになったりしないで」


「今のままでいて」


それは、強がりだった。


でも、

本心でもあった。


「……うん」


律は、それしか言えなかった。


明紀は、少しだけ笑う。


「じゃあ、行きな」


「帰れるなら、

 ちゃんと帰ってきなよ」


律は、頷く。


それで、終わりだった。


律が背を向けて歩き出す。


足音が、少しずつ遠ざかる。


曲がり角の向こうへ消える。


その姿が、完全に見えなくなった瞬間。


明紀の喉が、ひくりと鳴った。


呼吸が、うまくできない。


その場にしゃがみ込み、

膝に顔を埋める。


声は出さない。


出したら、

止まらなくなる気がした。


涙だけが、

静かに落ちる。


夜明け前、

律は町を出た。



帰れなくなるかもしれない。


そのことを、

もう分かっている。


それでも歩くと決めた。




それが、

張 律(チョウ リツ)

選んだ道だった。


ご閲覧いただきありがとうございました。


今後の励みとなりますので、コメント、評価、ブックマークしていただけると嬉しいです!


よろしくお願いします。

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