別れ
更新が少し遅くなりました。
これから新たな道へと進む張律と立ち止まっている明紀のエピソードです。
ぜひご覧ください。
家に着くと、母は台所にいた。
かまどの火を弱め、
鍋をかき混ぜる手は止めない。
「……おかえり」
振り返らずに言う。
「ただいま」
それだけで、十分だった。
食卓に並んだのは、
いつもと変わらない夕飯だ。
特別なものはない。
だが、落ち着く匂いがした。
「長くなるの」
箸を動かしながら、母が言う。
「……うん」
「そう」
それ以上、聞かれなかった。
しばらくして、母は言う。
「帰れるときは、帰りなさい」
律は、頷いた。
•
川沿いに行くと、
李 明紀がいた。
石の上に腰を下ろし、
水の流れを見ている。
「来ると思ってた」
振り返らずに言う。
「うん」
律は、少し離れた場所で立ち止まる。
並ばない。
でも、遠すぎない。
「今日さ」
明紀が言う。
「朝、
あんたの声しないの、変だった」
律は黙る。
「いつも通り起きたのに、
いつも通りじゃなかった」
小さく笑う。
「……慣れって、怖いね」
川の音が、間を埋める。
「行くんでしょ」
「……うん」
「近いけど、遠いとこ」
「……うん」
それ以上、言葉はいらなかった。
明紀は、ようやく律を見る。
「帰る?」
問い方は軽い。
「わからない」
「そっか」
明紀は、少しだけ息を吐いた。
「じゃあさ」
一歩、距離を詰めるでもなく、
離れるでもなく。
「変な人にならないで」
「急に、
偉そうになったりしないで」
「今のままでいて」
それは、強がりだった。
でも、
本心でもあった。
「……うん」
律は、それしか言えなかった。
明紀は、少しだけ笑う。
「じゃあ、行きな」
「帰れるなら、
ちゃんと帰ってきなよ」
律は、頷く。
それで、終わりだった。
律が背を向けて歩き出す。
足音が、少しずつ遠ざかる。
曲がり角の向こうへ消える。
その姿が、完全に見えなくなった瞬間。
明紀の喉が、ひくりと鳴った。
呼吸が、うまくできない。
その場にしゃがみ込み、
膝に顔を埋める。
声は出さない。
出したら、
止まらなくなる気がした。
涙だけが、
静かに落ちる。
•
夜明け前、
律は町を出た。
帰れなくなるかもしれない。
そのことを、
もう分かっている。
それでも歩くと決めた。
それが、
張 律の
選んだ道だった。
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