最初の決断
こんにちは。
言命の律を読んでくださりありがとうございます。
少しずつ話が進んできました。
これからどのように進んでいくのか、ぜひお楽しみください。
通された部屋は、思っていたよりも簡素だった。
机が一つ。
椅子が一つ。
壁際には官が数名立っている。
机の上には、紙と筆と硯。
余計なものは何もない。
張 律は、机の前に立った。
「難しいことはしない」
背後から、官の声がした。
「まずは、書いてみろ」
律は振り返る。
「……何を」
「短い文でいい。
命令でも、願いでも構わない」
逃げ道は用意されていない。
そう悟り、律は筆を取った。
硯に墨を含ませ、
少しだけ考える。
人を傷つけない言葉。
縛らない言葉。
そして、文字を書く。
――『門を開けよ』
それだけだった。
書き終えた瞬間、
紙がわずかに熱を帯びた。
はっきりと、そう感じた。
「……?」
次の瞬間、
部屋の外から金具の擦れる音が響いた。
――ギィ。
重い門が、
誰の手も触れずに開く音。
律は、思わず顔を上げた。
官たちは動じない。
「今のが発動だ」
淡々とした声。
「お前が書いた言葉が、
現実に作用した」
律は、紙と門を見比べる。
「俺が……?」
「そうだ」
官は続ける。
「お前の書いた文には、
言霊が宿る」
律の喉が鳴る。
「正確には、
お前の中にある天命が、
言葉を現実に押し出す」
初めて、その言葉がはっきりと告げられた。
――天命。
「だが、天命はお前だけのものではない」
官の一人が、静かに言う。
「武に現れる者もいる。
一振りで戦況を変える腕を持つ者」
「視線に宿る者もいる。
見られただけで、人が動けなくなる」
律は、思わず眉をひそめた。
「……そんな人が」
「いる」
即答だった。
「だからこそ、天選は行われる」
官は続ける。
「天命は、形を選ばない。
声に宿る者もいれば、
触れたものに現れる者もいる」
「お前のそれは――
言葉に宿る天命だ」
律は、机の上の紙を見下ろす。
「言葉は、最も扱いが難しい」
官の声が、少しだけ低くなる。
「武は、振るわなければ人を傷つけない。
視線も、向けなければ作用しない」
「だが、言葉は違う」
「書かれた瞬間、
それは残る。
広がる。
解釈される」
「そして、人は従ってしまう」
室内が、静まり返る。
「だから、
お前の天命は最も慎重に扱われる」
律は、ゆっくりと息を吐いた。
「……だから、
みんなに教えないんですね」
「そうだ」
官は頷く。
「天選は、
英雄を探すための儀式ではない」
「危険を見つけ、
管理するための儀式だ」
祭りの顔をした理由が、
はっきりと理解できた。
「試験は、ここまでだ」
官が言う。
「お前は合格した」
達成感はなかった。
ただ、戻れない場所に立った感覚だけがある。
「これから先、
お前はこの場に残る」
「学び、
観察され、
必要とあらば、選択を迫られる」
「拒否は……」
「できる」
即答だった。
「だが、ここを去れば、
二度と真実には触れられない」
律は、少しも迷わなかった。
「残ります」
自分が何者なのか。
それを知らずに戻る方が、
ずっと怖かった。
官は、短く頷いた。
「ただし――
しばらく家族には会えなくなる」
その言葉に、
律の胸がわずかに痛む。
「一日だけ、
帰宅を許可する」
「身辺を整理し、
覚悟を決めてこい」
律は、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
部屋を出るとき、
律は一度だけ振り返った。
机の上には、
もう紙はなかった。
これからは、
何を書くかで、
世界が動く。
その入口に、
自分は立っている。
それが、
張 律の
最初の決断だった。
閲覧いただきありがとうございます。
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