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言命の律  作者: 松井環


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4/7

最初の決断

こんにちは。

言命の律を読んでくださりありがとうございます。

少しずつ話が進んできました。

これからどのように進んでいくのか、ぜひお楽しみください。

通された部屋は、思っていたよりも簡素だった。


机が一つ。

椅子が一つ。

壁際には官が数名立っている。


机の上には、紙と筆と硯。

余計なものは何もない。


張 律(チョウ リツ)は、机の前に立った。


「難しいことはしない」


背後から、官の声がした。


「まずは、書いてみろ」


律は振り返る。


「……何を」


「短い文でいい。

 命令でも、願いでも構わない」


逃げ道は用意されていない。

そう悟り、律は筆を取った。


硯に墨を含ませ、

少しだけ考える。


人を傷つけない言葉。

縛らない言葉。


そして、文字を書く。


――『門を開けよ』


それだけだった。


書き終えた瞬間、

紙がわずかに熱を帯びた。


はっきりと、そう感じた。


「……?」


次の瞬間、

部屋の外から金具の擦れる音が響いた。


――ギィ。


重い門が、

誰の手も触れずに開く音。


律は、思わず顔を上げた。


官たちは動じない。


「今のが発動だ」


淡々とした声。


「お前が書いた言葉が、

 現実に作用した」


律は、紙と門を見比べる。


「俺が……?」


「そうだ」


官は続ける。


「お前の書いた文には、

 言霊が宿る」


律の喉が鳴る。


「正確には、

 お前の中にある天命が、

 言葉を現実に押し出す」


初めて、その言葉がはっきりと告げられた。


――天命。


「だが、天命はお前だけのものではない」


官の一人が、静かに言う。


「武に現れる者もいる。

 一振りで戦況を変える腕を持つ者」


「視線に宿る者もいる。

 見られただけで、人が動けなくなる」


律は、思わず眉をひそめた。


「……そんな人が」


「いる」


即答だった。


「だからこそ、天選は行われる」


官は続ける。


「天命は、形を選ばない。

 声に宿る者もいれば、

 触れたものに現れる者もいる」


「お前のそれは――

 言葉に宿る天命だ」


律は、机の上の紙を見下ろす。


「言葉は、最も扱いが難しい」


官の声が、少しだけ低くなる。


「武は、振るわなければ人を傷つけない。

 視線も、向けなければ作用しない」


「だが、言葉は違う」


「書かれた瞬間、

 それは残る。

 広がる。

 解釈される」


「そして、人は従ってしまう」


室内が、静まり返る。


「だから、

 お前の天命は最も慎重に扱われる」


律は、ゆっくりと息を吐いた。


「……だから、

 みんなに教えないんですね」


「そうだ」


官は頷く。


「天選は、

 英雄を探すための儀式ではない」


「危険を見つけ、

 管理するための儀式だ」


祭りの顔をした理由が、

はっきりと理解できた。


「試験は、ここまでだ」


官が言う。


「お前は合格した」


達成感はなかった。

ただ、戻れない場所に立った感覚だけがある。


「これから先、

 お前はこの場に残る」


「学び、

 観察され、

 必要とあらば、選択を迫られる」


「拒否は……」


「できる」


即答だった。


「だが、ここを去れば、

 二度と真実には触れられない」


律は、少しも迷わなかった。


「残ります」


自分が何者なのか。

それを知らずに戻る方が、

ずっと怖かった。


官は、短く頷いた。


「ただし――

 しばらく家族には会えなくなる」


その言葉に、

律の胸がわずかに痛む。


「一日だけ、

 帰宅を許可する」


「身辺を整理し、

 覚悟を決めてこい」


律は、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


部屋を出るとき、

律は一度だけ振り返った。


机の上には、

もう紙はなかった。


これからは、

何を書くかで、

世界が動く。


その入口に、

自分は立っている。


それが、

張 律(チョウ リツ)

最初の決断だった。


閲覧いただきありがとうございます。

これからもっとお話も進んでいきますので、ぜひブックマーク、評価、コメントしていただけると嬉しいです!


よろしくお願いします。

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