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言命の律  作者: 松井環


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1/7

天選の日

はじめまして。

閲覧いただきありがとうございます!


本作は「言葉が持つ力」をテーマにした物語です。


派手な力や分かりやすい正解ではなく、

言葉を選ぶこと、書かないこと、その重さを描けたらと思っています。


ゆっくりと進む物語ですが、

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。


中衡大陸(ちゅうこうたいりく)には、五つの国がある。


天命を神として崇める命天国(めいてんこく)

武の力を尊び、戦によって秩序を示す武燐国(ぶりんこく)

感情と共鳴を操り、民の心を束ねる和諧国和諧国(わかいこく)

記録と秘匿を重んじ、闇に生きる伏幽国(ふくゆうこく)


そしてもう一つ。

言葉と法によって国を導くことを理想とする景国(けいこく)


命和暦(めいわれき)十二年、春。

大陸は今も、神の名を冠した時代の中にあった。


景国は、まだその名を暦に刻んではいない。

それでも次の時代を諦めず、天命を受けた者を探し続けている。


年に一度、十六になった者の中から天命を受けた者を探し出す儀式――天選(てんせん)

それは、祭りの顔をした、景国の意志だった。


張 律(チョウ リツ)は、その喧騒の中に立っていた。


町外れの平民の家に生まれ、父の姿は幼い頃からなかった。

母と二人、慎ましく暮らしてきただけの少年だ。


天選は、一生に一度きりだ。

だが、十六になれば誰もが受ける。


祭りと一緒に行われる、通例の儀式。

選ばれるのは、昔から何かに秀でている者ばかりだ。


張律は、自分をその外側の人間だと思っていた。


「人、多いね」


隣で声がする。


李 明紀(リ ミンジ)だった。

同い年の幼馴染で、町では顔の知れた娘だ。

人混みの中でも臆せず歩き、律の少し前を進む。


「迷うといけないから」


そう言って、自然に律の袖を引いた。

律は何も言わず、それに従う。


屋台の呼び声。

太鼓の音。

笑い声と、泣き声。


明紀は時折立ち止まり、振り返る。

律が遅れていないか、それだけを確かめるように。


「あとで甘団子、買おう」


「……終わったらな」


「終わったら、ね」


それだけのやり取りだった。


広場に近づくにつれ、人の密度が増す。

高台が組まれ、その前に机がずらりと並んでいる。

紙と筆と(すずり)

その奥には、中央から来た官が立っていた。


衣の色も、立ち姿も、町の役人とは違う。

場の空気が、そこだけ重かった。


「十六になる者、前へ!」


声が響くと、ざわめきが一段大きくなる。

歓声すら混じる。


律と明紀は、並んで一歩前に出た。


「ほら」


明紀が顎で前を示す。


「ちゃんと行きな」


言い方は軽いが、目は真剣だ。

律は小さく頷き、前に進む。


机の前で、役人が言う。


「名を書け」


律は筆を取った。


張 律。


ありふれた姓。

見慣れた名。


役人は一瞥(いちべつ)し、何も言わない。


隣の机で、明紀も名を書く。

筆運びは迷いがなく、すぐに終えた。


「第一。国文の書写!」


配られた木板を見て、律は眉をひそめた。


乱雑に並んだ言葉だった。

だが、その一つ一つが重く、荒れている。


誰かを断じ、追い立て、黙らせる。

そんな意志だけが、言葉の底に沈んでいた。


これを文字にすれば、

国の名を借りて、人を縛る言葉になる。


そう直感した。


周囲では、筆が一斉に動き始めていた。

祭りの喧騒の中で、紙を擦る音だけが妙に耳につく。


明紀も書いている。

何度も確かめるように板を見て、丁寧に。


律の手は、止まった。


書いてはいけない。


胸の奥が、ひどく静かになる。


幼い頃から、何度も感じてきた感覚だった。

言葉に触れるとき、必ず立ち止まる自分。


足音が近づく。


「止めた理由を述べよ」


中央官の声だった。


祭りの音が、一瞬遠のいた気がした。


律は顔を上げる。


「この文は、国を壊します」


自分の声が、広場に響いた。


ざわめきが止まり、視線が集まる。

背後から、息を呑む気配が伝わる。


「なぜだ」


律は、木板から目を離さなかった。


「……書きたくありません」


それだけ言って、筆を置いた。


官は律の紙を見た。

何も書かれていない国文。


それから、律の名を見る。


「張律……」


短い沈黙。


「試験を中断する。この者を、内へ」


歓声とも悲鳴ともつかない声が上がる。

祭りは、戸惑いを含んだざわめきに変わった。


役人に導かれ、律は布の裏へ向かう。


振り返ると、明紀がいた。


人混みの中で、立ち尽くしている。

声は上げない。ただ、律を見ている。


律は何か言おうとしたが、言葉が出なかった。


布の向こうは、驚くほど静かだった。

祭りの音が、壁一枚で切り取られる。


通路の先に、少年が立っていた。


長身で、短い銀の髪。

年は、律とそう変わらない。


その少年は、何も言わない。

ただ、そこに立ち、律を見る。


視線が一瞬だけ交わり、

次の瞬間、官が言った。


「ここから先は、我々が預かる」


少年は、律の少し前に立った。

導くでも、押すでもない。


ただ、逃げ道を塞ぐ位置だった。


律は、その背中を見つめる。


――もう、戻れない。


理由は分からない。

だが、そう思った。


祭りの外へ、出てしまった。


天選の日は、ここから始まった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


第一話は、世界観と主人公の感覚を中心に描いています。

説明しきらない部分や、はっきりしない点も多いですが、

それらは今後、物語の中で少しずつ明らかになっていきます。


もし続きが気になったり、

何か感じるものがあれば、評価や感想をいただけると励みになります。


次話もよろしくお願いします。

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