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5話 旅立つ約束

 「ルクレツィア……」


 ──俺は何を言おうとしている?

 本当にそれでいいのか?

 

 「なに、ルシアン」


 その目だ。

 その人ならざる深紅の目。

 せっかく、君の眼はきれいな紫なのに。


 「もう……やめてくれ。頼む」


 「君がそこまで言うなら、そうするね」


 空気が気体に戻り、騎士団の体から圧力が霧散し解放されてゆく。


 「ルクレツィア、君はきっと良い奴だ。

 でも、人間から見たら──魔女だ」


 「そうだね」


 「だから──」


 そうだ。

 きっと、間違っているのはこの世界の方だ。

 魔女だからという理由で、ルクレツィアを否定するのは悪いことだ。

 

 ──この考えも、魔女の所有物になったせいか?

 たとえそれでも俺は……。


 「ルクレツィア……」


 「そんなに何回も名前を呼ばなくても、ちゃんと君の言葉を聞いてるよ」


 照れくさそうにはにかむ彼女は、強大な力を持つ化け物かもしれない。

 それでも、彼女は”誰も殺さなかった”。

 死にかけた……いや、一度死んだ俺を助けてくれた。


 理由なんて今はそれだけでいい。


 「旅に……旅に出ないか?」

 

 唇が渇いてる気がする。

 耳鳴りがする。

 手に汗だってかいてる。


 それでも、俺は彼女を見捨てる気にはなれなかった。彼女を敵だと思いたくなかった。

 記憶の片隅に、昔仕事で父に連れられて立ち寄った村の景色が思い浮かんだ。

 のどかな村だった。たしか、秋の頃合いに行ったんだ。


 「いいよ。二人でどこかへ行こうか」


 「あぁ……ありがとう、ルクレツィア」


 床に転がった騎士団の一人が呻き声を漏らす。


 「協会は……貴様たちを、絶対に見逃さない……。

 待っていろ……! 必ず──」


 そう言い残して、意識を失った。

 ぐったりと寝たきりの姿に、少しの心配を残して俺はルクレツィアと会話を続ける。

 

 「あれ、大丈夫なのか?」


 「多分?」


 「多分って……。まぁ、生きてるならいい」


 「君がそう望んだからね」


 「わかってる。いつかまた、どこかで戦うことになるんだろうな。

 それでも、君はまだ”誰も殺してない”。それだけで十分だ」


 「そっか」


 いつの間にか、ルクレツィアの瞳は深い紫色の光を取り戻していた。

 おそらく、感情の起伏に応じて色が変わるんだろう。そういえば、俺はまだ、魔女について知らないことが多すぎるな。

 でも、これからゆっくりと知っていけばいいか……。


 天井の欠け落ちたステンドグラスから、朝日が差し込む。

 まぶしくて目をそらしそうになる。


 「審問官は、廃業だな……」 


 父はこんな息子を見て、どう思うだろうか。

 魔女にほだされ、審問官の仕事をやめ──というか、人間すら辞めたかもしれないこんな俺を。

 母は……いや、あの人は何とも思わないか。


 「どうした、ルシアン?

 どこか怪我でもしたのか?

 治癒魔法、いるか?」


 心配そうに俺の顔を覗き込む彼女は、本当に人類の敵と呼んで良いのだろうか。

 むしろ、友好的な関係を築くべき相手なのではないかとさえ思う。


 「大丈夫だ。それより──」


 そういえば、騎士団が乗り込んできて有耶無耶になってしまったルクレツィアの話が気になる。


 「あー……。

 私達は何者なのかって話?」


 ルクレツィアはどこか嬉しそうに小走りで、祭壇に駆け寄る。

 空の王座に仁王立ちして、声高らかに言う。


 「私達は賢者だ!」




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