4話 所有の権能
『君はもう、私のものだって言ったよね?』
その声が耳をかすめた瞬間、
床の石畳がびり……と震えた。
え……?
地震か──?
違う。
教会の空気そのものが、軋んでいるんだ。
聖騎士団の誰かが叫んだ。
「魔女が動いたぞ!! 構えろ!!」
次の瞬間、
銀の鎧が一斉にきらりと光り、十数本の剣が一斉に抜かれる音が重なった。
──シャッ!!
刃の軋む音が教会全体に響き渡る。
「総員、突撃──!」
号令が轟き、重い甲冑の足音が一気に襲いかかってきた。
(来る……! 殺される!)
身体が本能で後ろに下がった。
けれど腕を掴まれる。
「大丈夫だよ、ルシアン」
ルクレツィアは微笑んでいた。
信じられないほど落ち着いて。
──その瞬間。
「行けぇぇぇッ!!」
最前列の騎士が剣を振りかぶり、
真っ直ぐルクレツィアの首めがけて斬り下ろした。
俺の心臓が跳ね上がる。
嫌でも目を瞑れない。
(ッ──斬られる!!)
……斬撃が届くはずだった。
なのに。
──バンッ!!
まるで空気が固体になったような衝撃音が鳴り、騎士の体が後方へ弾き飛ばされた。
「う、わ……っ!?」
鎧ごと石畳に叩きつけられ、動けなくなっている。
何が起きたのか、理解できなかった。
ルクレツィアは、指一本動かしていない。
「っ……に、逃げろ! 防護壁だ!!
魔女の権能だ!!」
誰かが叫んだ。
その声を皮切りに、全員の動揺が広がる。
だがもう遅い。
ルクレツィアの足元の床に、薄い光が浮かび上がった。
それはじわり、じわりと教会全体に広がっていく。
そこに触れた騎士たちが──
ひざから崩れ落ちた。
「く……っ、重い……!? 体が……!」
倒れた?
違う。
体を押さえつけられているんだ。
天井から巨大な石が降りてきたように、
全員が床にねじ伏せられていく。
ルクレツィアが俺の横で、小さくつぶやいた。
「“所有の領域”だよ。
この空間にいるのは、君と私だけ」
(俺も……?)
立っていられるのは、俺だけだ。
いや、俺だけ特別扱いされているのか……?
聖騎士団長が、呻きながら俺に手を伸ばした。
「ル……ルシアン……!
魔女の……魔法を……!
神の……審問官だろ……!」
その呼びかけに、胸が痛んだ。
(……俺はもう、何なんだ?
人間か? 神敵か?
それとも、ただの魔女の“所有物”か?)
答えられない。
聖騎士たちが床に顔を押し付けられていく音が、ぞわりと耳に刺さる。
ルクレツィアは足取り軽く、拘束された騎士の一人に歩み寄った。
彼は必死に言葉を絞り出す。
「か……神は……魔女を……許さぬ……!」
ルクレツィアは微笑んだ。
「ねぇ、ルシアン。
人間って、こんな状態でも吠えるんだよ?」
そう言って振り返る目は──
人間のものじゃなかった。
俺の心臓が、ぐらりと揺れる。
「ルクレツィア……やめろ!」
思わず叫んでいた。
止めなければいけないと、身体が勝手に動いた。
だが彼女は俺を見つめ、笑った。
「だいじょうぶ。殺さないよ。
私はそんな乱暴な魔女じゃない」
(……本当に?)
疑問が喉に詰まる。
ルクレツィアは囁くように言った。
「でも、痛い目くらいは見てもらわないと。
君を私から奪おうだなんて……。
その罪は、軽くないからね?」
その穏やかな声に、俺の背中だけがゆっくり冷えていった。
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