26話 勇者の旅路
「それじゃあ改めて。俺たちの次の目的地は水央都市アルミネラに決定だ」
パーティーというには結成して間もないものだが、それでも一時的とはいえ旅をともにする仲間だ。
俺たちは全員で話し合った結果、次の目的地を決めた。なんでも、アルミネラの街ならその次の目的地候補の東洋の国への船が出ているかもしれないという、ミリアの一声が決定打となったのだ。
「ルシアンさん、アルミネラにはどれくらい滞在しますか?」
「そうだな……。俺は必要なものをアンネルの街で一通り揃えたから。ミリアの必要なものを買う時間をとろうか」
「それはありがたいのですが……」
ミリアは頬を赤らめて俯いた。
──なんだ……? 何か問題でもあるのか?
「ルシアン、デリカシーないよ、それは……」
ルクレツィアが呆れた表情をしている。その隣のクラネッサもコクコクと首を縦に振る。
「は……? え、どういう意味だ」
「あのね、ルシアン。女の子の買い物って、男の子が入りにくい店にも行くの」
「……だから?」
「はあ、まったく……。いい? ルシアンが一緒だと、下着とか買えないでしょ!」
(ああ、なるほど……)
確かにそれは気まずいだろうな。
ミリアもいいお年頃だ。男と一緒に服屋に寄っても、ゆっくりと選べないわけだ。
「そうか、分かった。それじゃあ、街に着いたら俺と、女性陣とで別れて行動しようか。暗くなる前に宿に集合でいいか?」
「いいけど、それだとルシアン、独りになっちゃうけど大丈夫?」
ルクレツィアが顔を傾けて尋ねる。
「大丈夫だって」
俺は、手を軽く振ってあしらった。アンネルの街では、ルクレツィアと別行動中にいろいろと巻き込まれてしまったが、まあそんなことが何度も起きるはずがない。そんなお気楽な考えだ。
「……そう。じゃあ、私たちは服屋に行くね。ルシアンはどうするの?」
「俺は、魔道具屋があるなら行ってみるかな。何か面白い魔道具とかあったらって思うしさ」
「……ルシアン。私も服屋はいいから、魔道具に行きたい」
クラネッサは目を輝かせている。
肩に掛かるかどうかくらいな長さで綺麗に切りそろえられた、黄色味がかった乳白色の彼女の髪がたなびく。
こう見えて、クラネッサの二つ名は『知楽』──知識の探究者だ。
珍しい魔道具には目がないのだろう。
「いいですね~……。わたしも連れて行ってください~」
「俺はいいけど、クラネッサもいいか?」
「私も気にしないよ。それに、目につくところにいてくれる方が楽だし」
俺たちは、ひとまずナナリムを受け入れたが、それは警戒を完全に解いた訳ではない。
まぁ、俺としてはルクレツィア以外の人間すべてに完全に気を許しているつもりはないので、ナナリムが買い物について来ても気にはしないのだが。
クラネッサが一緒なら心強い。クラネッサもルクレツィアに比べたら、弱い部類だろうが。それでも俺よりは確かに強いわけで、そこについては信頼している。
「わかった。じゃあ、ミリアのこと頼んだぞルクレツィア」
「りょうかいでーす。楽しみだねミリアちゃん!」
──お客さん、そろそろ今日泊まる村に着きますから。
御者の親父さんの声がかかる。
「わかりました。準備します」と軽く返事を返し、俺たちは身支度を進めた。
今日泊まる村の他にも、アルミネラに到着するまでに何個かの村を経由する予定なのだ。野宿する手もあるが、無理して先を急いでも仕方ない。
それにミリアは生粋の箱入り娘だし、何よりもルクレツィアが野宿を拒んだのだ。
「ルシアンったら、女の子に野宿させるなんてよくない事だからね!」と怒られてしまったのだ。
「村では、御者のおやっさんの好意に甘えさせてもらうんだ。全員、軽率な行動は慎むようにな」
「わかってるって! それにしても……あの岩、大きいね」
ルクレツィアの視線に、自然と全員が連れられて同じ方角を見た。
視線の先には、巨大な岩。
「あれは、鯨岩と言いましてね。この村のシンボルで、ここら辺では有名な伝承があるんでさ」
御者の親父は、街から街へ国を跨ぐ仕事をしている。当然、いろいろな地方の言い伝えや噂話なんかも詳しいのだ。
「へぇ~……。どんな伝承なんですか?」
「なんでも、あの鯨岩が昔は天空を泳ぐ魔獣だったらしいんでさ。そんで、この周辺に栄えていたかつての王国を滅ぼしたとか。そんな鯨を、後の勇者さま御一行が討伐し、岩にしてこの地に封印したって伝承でさ。まあ、なんにせよ。あんな巨大な魔獣が暴れたなんて日にゃあ、人間なんてひとたまりもないでしょうねえ」
「その話、どこかで……」
「──勇者と鯨岩。多分、修道院でも習う、教材の一つだよ」
黙々と下車の準備を進めながら、クラネッサがつぶやく。それで俺はやっと思い出した。
案外、子供のころの話ってのは忘れてしまっても、きっかけ次第で簡単に思い出せるものだ。
「ああ……勇者の伝説の一つだな。確かに、修道院で音読させられたなぁ……」
「なにそれ? どんな話なの?」と、ルクレツィアは自分の身支度が終わったのか、顔を近づけてくる。
「えっとな……たしか勇者ってのが、今から数百年くらい前にいて。その勇者の旅路の中で、この村が登場するんだよ」
「ねえねえ、その勇者ってのは、何をした人なの?」
ルクレツィアは世間知らずなのだ。だからこそ、正直勇者の伝説は話したくない気持ちが強い。
が、ここではぐらかそうものなら、俺が話を聞かせるまで駄々をこねて暴れまわる未来が目に見えている。
「──魔女と、魔獣の討伐」
俺がなんて答えようか悩んでいると、ミリアが代わりに答えた。
「……。」
そして沈黙。
「すみません。でも、これからの旅でも、人間社会と関わるなら、絶対にいつかは知る機会が来ると思いますし……」
「いや、いいんだ。俺の方こそ、すまんな」
栗色の髪が、ミリアの顔に影を落とした。
せっかくの美少女には、笑顔でいてほしい。それに、ミリアはカイルから託された大事なあいつの妹だ。こんなことで、いやな雰囲気にはしたくない。
そしてなによりも、ルクレツィアに人間社会と魔女の歴史を人間視点で説明すること……それは俺の役目だと思った。
「ルクレツィア……俺たち人間ってのは、子供のころから勇者は正義。魔女は悪──そう習う。これから先の旅でも、いたるところに勇者の痕跡や逸話ってのに出会うことはあるだろうし、それを崇拝する人間にも出会うはずだ。だからこそ、何度も嫌な思いをするかもしれない……。それは、ルクレツィア以外……クラネッサも、ナナリムも覚悟しておいて欲しいし、そういう人間を敵視しないでやってほしい」
「大丈夫だよ」
そっと細長く、温かい指が俺の頬に触れる。
「私もクラネッサも、そんなことで人間を嫌いにならないし。人間にも私たちに寄り添ってくれる人がいるってことを、ルシアンやローレン司祭、それにミリアちゃんやカイル殿下が教えてくれたんだしさ」
「ああ……。そうだな」




