20話 知楽の魔女──クラネッサ
「さて、いろいろと私に聞きたいことがあるんだろうけど……あまりゆっくりはできそうにないね」
クラネッサは、カイルの方を指差しながら呟く。
「そこの君、王族だね」
「ああ、そうだ。それが、どうしたというのだ」
「ルクレツィア、彼に魔法を使ったよね」
「うん、使ったよ〜」
「そっか」
短い会話のやり取り。
カイルの胸で、淡く赤色の光が点滅している。
おそらくだが、王族の身に何かあった時のため、救難信号か何かが送信される魔道具だろう。
「気付いたようだな!
そうさ、ローレン司祭、それに知楽の魔女よ、もう時期ここには王族直下の聖騎士達がやってくる。
それまでに訳を話せ。どうしてこんな事になっているのだ!? いつから、教会と魔女は繋がっていた!」
イザベルさんを振り解き、カイルが勇ましく言い放つ。
──がしかし、そんなことは正直、魔女にとってはどうでも良いことなのだろう。現にルクレツィアもクラネッサも慌てる様子はない。
(むしろ、思惑通りってことか……)
俺の様に、ルクレツィアと国を渡り歩くのならいざ知らず、逃げる方法も逃げる気もない教会が、魔女と繋がっている事なんていつかはどうせバレる。
ならばどうするのか。
「そうだね。じゃあ早速だけど、交渉に入ろうか」
クラネッサは王座から立ち上がり、こちらに歩み寄る。ルクレツィアに服の端を引かれ俺も、少し後退する事にした。
「……ルシアン、絶対に私から離れないでね」
コソコソとルクレツィアが耳打ちをする。おそらくルクレツィアの所有する領域内にある事が、最も安全なのだろう。
「交渉だと……?
ふざけるな! 私はこの国の王太子だ。
魔女と取引する気などない!」
「いや、聞いてもらうよ。たとえ無理矢理にでも聞いてもらわないと、困るんだよ」
碧色の瞳が、黄金色に変わる。
(これが、クラネッサの持つ権能か)
ルクレツィアに掴まれているから、俺には影響が何もないが、ミリア嬢の様子を見るに酷く怯えている。
「クラネッサはね、私たち魔女の中でも少し変わった魔法を使うの。
例えば──」
ルクレツィアが足元の石を軽く投げ捨てる。
すると、投げ放たれた石が床に落ちる。
しかし、一向に音は聞こえてこない。
無音。
「ほらね?
クラネッサの魔法って、音の波?──ってのを消す魔法らしいんだけど難しくて、よくわかんないよね〜。
でも、人間に恐怖を植え付けるには十分らしいんだ」
交渉の余地がない恐怖。
許された答えしか発する事ができない空間。
たったそれだけで十分なのだ。
人間の脳は、情報の大部分を視覚から得るらしいと修道院で習った。
その次が、聴覚だ。
空気を揺らす微細な波が完全に消え失せた世界。
そのあり得ない現象に、脳が警報を鳴らすのだろう。
カイルはバタバタと手を動かし、頭を抱え、一心不乱に口を動かす。
しかしその全てが何の意味もなさない。
──パチンッ……。
クラネッサが指を鳴らす。
それと同時に音が蘇る。
「あ、あ……ぁ、あぁ……ぅ……ぁ……」
カイルが声にならない音を口にする。
「あ〜あ……。頭、おかしくなっちゃったみたいだね〜」
ルクレツィアはいつもと変わらない口調で、カイルの身に何が起きたのか解説を始めた。
「ルシアンはさ、夜になると急に周囲の音が気になったり、大きく感じたりしたことない?
簡単に言うと、あれと一緒だよ」
(なるほど……完全な静寂からの、今。そりゃあ脳がぐわんぐわんしそうだ……。
俺なら間違いなくゲロを吐く自信がある)
そう思った矢先、カイルが吐瀉物をぶち撒けた。
「ねぇ、どう?
私と取引する気になった?
──それとも……、まだ続ける?」
クラネッサの目は本気だ。
カイルが取引に応じると言うまで、何度でも繰り返す気だろう。人間ってのは脆い。こんなのに何度も耐えるなんて、無理だ……。
「決まりだな……」
俺はもう、結果は目に見えている──そんな気になっていた。
しかし、カイルは俺の予想を超えてその後、三回もクラネッサの魔法に耐えた。
──お願い、クラネッサ! これ以上は、もうやめて!
ミリア嬢が叫びに近い懇願をする。
「……おい、知楽の魔女」
そんなミリア嬢の姿に、俺は不覚にも心が突き動かされる。
「なに? ルクレツィアのおまけ」
クラネッサの目は俺の方に向かない。取るに足らない人間だと、そう見下されているのだろう。
しかし、それでも俺は引くわけにはいかない。
それは俺の信条が許さない。
「別に俺はカイルの味方じゃないが、それでも、流石にやり過ぎだと思うぞ」
「……ルクレツィアのおまけのくせに、正義の味方ごっこ?」
「そう思われても結構だ。
確かに世間はお前たち魔女に冷たい。命にすら手をかける非道な迫害だと思うし、それには俺も同情する」
「なにが言いたいの?」
「けどな、例えそうだとしても……お前たち魔女が、同じように人間を殺していいって事にはならないんだよ」
「君、少し喋り過ぎじゃない?
なに? 君も同じ目に遭ってみたいの?」
クラネッサが、ついに俺を見る。
「いーや。俺は死にたくないさ。
せっかくルクレツィアにもらった二度目の命だ。
そんな粗末に扱う気はない」
「……時間稼ぎのつもり?
それとも、本当に魔女が人間を殺さず、人間も魔女を殺さない。
そんな夢物語を、実現するから待てとでも?」
(やっぱり、ローレン司祭から俺のことを聞いてる……いや、共有されてるって感じか)
「そうだ。俺は人間に戻りたいし、戻って魔女と一緒に笑える国を見つけたい」
だからこそ、目の前で魔女に殺人をさせる訳にはいかないんだ。
「ルクレツィア」
「なーに、クラネッサ?」
「私と戦う?」
そういえば、この部屋に入ってすぐ、クラネッサが最初に話しかけたのはルクレツィアだった。
それも、『久しぶり』だなんて、以前から面識があったに違いない。
二人の関係性がどんなものかは知らないけど──というか、ルクレツィアは自分以外の魔女の話を、俺がどれだけ聞いても教えてくれなかった──それでも、二人が戦うのも困る。
「うーん……クラネッサとか〜……。
どうするルシアン」
「戦いたくはない。けど、引き下がらない」
「だってさ、引き篭もりの魔女さん」
また、ルクレツィアの煽り口調が始まった。
初めて教会で、聖騎士とやり合った時だってそうだ。なんで、コイツはそんなに人を怒らせるような事を言うんだ……。
「わかった……。殺す……!!!」
(ほら、怒っちゃったよ)
「ローレンっ!!! あなたはそこの王太子とお話してて。私はこの、ルクレツィアを殺すから!!!」
「はい」
つい先ほどまで、空気だったローレン司祭が聖魔法を詠唱し始めた。
「……聖なる女神の光よ、魔を払い、聖なる領地を作り出せ──『ホーリーエリア』!!!」
ローレン司祭とカイル、それにミリアを取り囲む様にして、光の壁が顕現する。
(上級・聖魔法か。まぁ、あれなら大丈夫だろう……)
さて、俺は──。
すでにルクレツィアの目は真紅に染まり、薄っすらと笑みを浮かべている。
「ルシアン、私が絶対守ってあげるね」
「ふっ……それは、なんとも心強いな!!!」
俺は腰から銃を引き抜く。
フリント・ロック型特有の、カチンッという金属音が、開戦の合図だった。
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