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1話 最初の魔女

 暗い闇の底を這うような感覚だった。

 自分という存在の輪郭がぼやけて、どこからどこまでが“俺”なのか、まったく分からない。


 手足は……どこだ?

 そもそも、まだ息をしているのか?


 曖昧な意識のまま、底なしの深淵に沈んでいく。



 ──あれ?

 どうしてこんなに思考が回るんだ……。


 


 そういえば、さっきまで……何をしていた?


 あぁ、司祭様の命令で、“魔女が潜む”と噂の廃教会に向かったんだ。

 そのあと──


 ドクン──。



 痛い。

 胸の鼓動が、肉の奥で荒々しく暴れ出す。


 「……やぁ。おはよう」


 この声だ。


 「目は覚めた?」


 耳のすぐそば。

 温かい指先が、頬をすべる。


 ──膝枕をされている?

 俺が……?


 「ッ──!!」


 熱い。

 痛い。

 全身が火の中に投げ込まれたようだ。


 「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ……ほら、ゆっくり目を開けてごらん?」


 まるで小さな子をあやすような声。

 その優しさが、なぜか痛みの隙間に入り込んでくる。

 心地いい……

 いや、違う。違うはずなのに。


 「ぁ……ぁ、あぁ……あっ……」


 「どう? 見える?」


 ゆっくりと目を開けた。


 七色の月明かりが差し込む中、

 少女の顔がすぐ目の前にあった。


 銀の髪が柔らかく垂れ、

 深い紫の瞳がこちらを覗き込んでいる。


 「……魔女……?」


 「うふふっ。そうだね」


 微笑みはあまりに柔らかく、

 白い肌は温かく血が通っているように見えるのに。


 人じゃない。

 そんな確信が背筋を走った。


 「君たちはそう呼ぶね」


 「どうして……?」


 「それは──なんで助けたのかって意味?」


 声を出すのが辛く、俺はただうなずく。


 「だって君、死にたくなかったんでしょ?

  だからだよ」


 魔女の指先が、そっと頬に触れる。

 その優しさだけが、本能を麻痺させる。


 「……帰して、ください」


 魔女はゆっくりと顔を上げて微笑んだ。

 月光に照らされた横顔は、美しすぎて、冷たすぎた。


 「だめだよ」


 その言葉だけで、心臓がひゅっと縮む。


 怖い。

 情けない。

 涙がこぼれそうだ。



 人の命を、呼吸一つのように扱う存在。

 これが──魔女。

 神が定めた理の外側にいる、世界そのものの敵。


 魔女は耳元に顔を寄せて、甘く囁いた。


 「君はもう、わたしのもの。

  ──ぜぇったいに、逃がさないから」


 その声は、祈りより優しく、

 呪いよりも深く、“所有者”のそれそのものだった。




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