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9話 俺は……。

 村の宿は、ちょっとだけ風情があって居心地がよかったし、晩には宿屋の娘さんが部屋まで食事を運んできてくれた。

 しかも風呂に入りに行っている間に、布団を敷いてくれていた。

 そう、二つだ。


 「……。」


 しばしの沈黙。

 考えに考え抜いた結論──金がないから仕方がない。


 「俺はそっち側。ルクレツィアは反対側でいいな?」


 「別に私は気にしないのに」


 部屋の対角線の角にそれぞれの布団を移動させて、部屋の中央に頭が向くような形に落ち着いた。

 ふくれっ面のルクレツィアが小言を言い続けているが──

 それでも俺は、聞こえない振りを貫いた。

 

 (今日は、疲れたんだ。少しくらいゆっくりさせてくれ……)

 

 そう心の中で願っていたのだ。

 

 「ルシアン……あのおじさん、いい人だったね」

 

 おそらくバンクホルンさんのことだろう。


 「あぁ、そうだな」


 「ねぇ、ルシアン?」


 「なんだよ」


 「この旅の果てに、ルシアンは何を求めるの?」


 俺が人間をやめて、ほぼ一日。

 この瞬間まで考えないようにしていたことを、ルクレツィアは不遠慮に聞いてきた。


 (なに……か。なんだろうな)


 心の中でモヤモヤした、言葉にならない感情が高ぶる。


 「取り合えず、あの時は殺されないように逃げてきたけど……。

 いつまでも逃げ切れるわけないって気はしてるんだ」


 「じゃあ、戦うの?」


 「そうなるのかもな……」


 ──ゴソッ……もぞっ……もぞ、もぞ……。


 「おい、なんだよ」


 ルクレツィアが俺の布団に潜り込んできたのだ。


 「なんだか、寂しそうだったからさ」


 「別に……」


 「だいじょうぶ。大丈夫だよ、ルシアン。

 君には私がついてるから」


 小さな体と、高い熱が俺を包み込む。

 優しくて甘い匂いがした。


 「お前は……良い魔女だ」


 「そうだね」


 「俺は人間に戻りたい……」


 「そうだね」


 「でも、ルクレツィアとは戦いたくないんだ……」


 「うん。そうだね……」


 「俺は何なんだ……?

 人間か。それとも化け物か」


 「君は、人間だよ。

 悩み、恐怖し、相容れない感情に揺り動かされるのは──人間だけの特権だよ」


 「そう、か……」


 瞼が次第に重くなっていく。

 まどろみの中、ルクレツィアが俺の髪を撫でる感触がくすぐったくて、心地よかった。 


 ──チュン、チュン……チュン。


 窓の外で小鳥が鳴いている。

 

 「おはよう、ルシアン。コーヒー淹れたんだけど、飲む?」


 「あぁ、ありがとう」


 「なに~? 昨日、私によしよしされて寝落ちしたこと、気にしてるの~?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるルクレツィア。

 頭はすっきりとしている。

 

 「そんなわけないだろ。

 こっちは一度死んで生き返って、山を下りてきたんだ。

 寝落ちして当然だろ?」


 「はいはい。かわいくないね~」


 そう言いながら、コップを一つ手渡された。

 中からコーヒーの苦い香りが、白い湯気とともに立ち昇る。


 「これ、お前が淹れたのか?」

 

 「いや。さっき、宿の人に頼んで持ってきてもらった」


 (なんだよ、少し期待しただろ……。いや、何をだ!?)


 声には出さないが、俺は胸の中で自問自答を繰り返す。

 これもルクレツィアの権能の力に違いない。

 一晩、一緒の布団で寝た(俺は寝落ちしていた)だけで、ルクレツィアと仲良くなった気になっていたのだ。




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