0話 死
廃墟となった教会に足を踏み入れてしまった。
風がどこからか、一筋吹いてきて、悪寒が走る。
異端者審問官の証である、銀の十字架が胸の前で揺れた。
鼻孔の奥に染みつくような、血と硝煙の香りが頭をクラクラさせる。
思えば、今日まで僕の人生は至って”普通”だった。
帝都で最も有名な異端者審問官の家計に生まれ、幼いころから聖書と、女神への信仰の言葉を学んできた。
当然、聖職者として立派になることは大切だと思う。
──でもなぜか、胸の奥がざわざわする瞬間がある。
今日だって、なんてことはない。
いつもの魔女狩りだ。
さっさと終わらせて帰ろう──そう思って、軋んだ扉に手をかけたのだ。
きっと、こんな些細な出来事が運命を動かすのだろう。
現に、僕は胸に空いたこぶし大の穴から、すでに致死量の血液が流れだしているじゃないか。
──あぁ、女神様。
僕の今日までの祈りは、何が物足りなかったのでしょうか?
ステンドグラスから差し込む、七色の月明かりが祭壇を輝かせているのが見える。
あの玉座に浮かぶ影の正体は、女神様が座っている御姿だろうか?
「……まだ死にたくない? 生きたいの?」
──なんと柔らかく、生気に満ちて澄んだ声だろう。
「生きたいです」と答えようとしても、肺に穴が開いてしまって空気が抜ける音しか出せない。
もどかしい。
少しずつ、手先が冷たくなってきた気がする。
目もどんどん掠れてきた。
死がすぐそこまで来ているという、残酷な事実が頭の中を埋め尽くす。
──カツッ……カツッ……。
かろうじて耳はまだ聞こえる。
足音だ。こちらに近づいてきているのか?
「突然でごめんね。今から、あなたを生き返らせるから」
温かい光が、頬を撫でてくれている。
「──だから、あなたはもう。わたしのものだね」
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