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君が選んだ嘘の代償は僕が用意した真実の地獄  作者: ledled


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完璧な計画が崩れ落ちる時、俺の世界は地獄に変わった(鷺沼陽暉 視点)

俺、鷺沼陽暉が灰ヶ谷透夜を憎み始めたのは、いつからだっただろうか。多分、生徒会の集会で、彼が校長から表彰された日からだ。あの日、体育館に響いた拍手の音が、今でも耳に残っている。


「灰ヶ谷透夜くん。君の生徒会副会長としての献身的な働きに、学校として感謝します」


透夜は、いつもの穏やかな笑顔で壇上に立っていた。謙虚に頭を下げる姿。周囲から向けられる尊敬の眼差し。すべてが、俺を苛立たせた。俺だって頑張ってる。サッカー部のエースとして、毎日練習に明け暮れてる。なのに、なんで灰ヶ谷ばかりが評価されるんだ。


その日の放課後、部室で先輩に言われた言葉が、決定打だった。


「鷺沼、お前もいい加減、灰ヶ谷みたいに真面目にやれよ。サッカーだけじゃなくてさ」

「先輩、俺だって真面目にやってますよ」

「でも、お前は遊んでる印象が強いんだよな。灰ヶ谷を見習えよ。あいつ、成績もいいし、生徒会でも活躍してるし」


またか。また、灰ヶ谷と比較される。サッカーでは誰にも負けない自信がある。顔だって悪くない。女子からの人気だってある。なのに、なんで俺は「二番手」なんだ。灰ヶ谷がいなければ、俺が一番になれるのに。


そして、決定的だったのは、柊瑠璃花の存在だった。吹奏楽部の彼女。明るくて、可愛くて、人気者。俺は、彼女に一目惚れしていた。でも、彼女には彼氏がいた。灰ヶ谷透夜。またあいつか。何もかも、あいつが持っていく。成績も、評判も、そして可愛い彼女まで。


ある日、文化祭の準備で生徒会室を訪れた時、二人が楽しそうに話している姿を見た。瑠璃花の笑顔。透夜の優しい表情。その光景が、俺の心に火をつけた。許せない。あいつから、すべてを奪いたい。評判を、地位を、そして瑠璃花を。


計画は、意外と簡単に思いついた。生徒会の資金を管理しているのは透夜だ。もし、その資金が不正に引き出されたら?証拠さえ作れば、透夜は疑われる。そして、失脚する。俺は、その隙に瑠璃花に近づけばいい。完璧な計画だ。


最初のステップは、透夜との距離を縮めることだった。文化祭の相談という名目で、頻繁に生徒会室を訪れるようになった。透夜は、警戒心のない人間だった。俺を友好的に受け入れてくれた。


「鷺沼くん、熱心だね。サッカー部の出し物、楽しみにしてるよ」

「ありがとうございます。灰ヶ谷先輩のおかげです」


表面上は、尊敬する後輩を演じた。でも、内心では、透夜のパソコンの使い方、生徒会の口座の管理方法、すべてを観察していた。透夜は、几帳面な人間だった。サインの癖も、筆跡も、すべてメモした。そして、学校の防犯カメラの死角も確認した。完璧な計画を実行するために、準備は怠らない。


ある日、透夜が生徒会室を離れた隙に、彼のパソコンにアクセスした。パスワードは、何度か観察して突き止めていた。生徒会の口座情報をコピーし、引き出しの書類も確認した。すべてが、俺の計画通りに進んでいた。


そして、実行の日。金曜日の放課後、透夜が部活で不在の時間を狙った。学校の防犯カメラの死角を通って、銀行に向かった。制服のままでは目立つが、学校近辺の店には防犯カメラがないと思っていた。ATMで十万円を引き出し、すぐに自分の口座に振り込んだ。サインは、何度も練習した透夜の筆跡で偽造した。


次は、証拠の植え付けだ。透夜のロッカーに、事前に用意しておいたメモを入れた。「文化祭後に返済」「一時的な借用」という言葉を、透夜の筆跡で書いたものだ。これで、透夜が資金を流用したという証拠が揃った。


最後に、透夜のパソコンの使用記録を改ざんした。生徒会室に忍び込み、引き出しの日時に透夜がパソコンを使っていたように見せかけた。これで、完璧だ。透夜は、言い逃れできない。


月曜日の朝、計画通り、学校中に噂が広まった。生徒会の資金が不正に引き出されたという話。そして、透夜が疑われているという話。俺は、何も知らないふりをして、透夜に同情的な態度を取った。


「灰ヶ谷、大丈夫か?俺も信じたいけど、証拠があるって聞いたぞ」


透夜の顔は、絶望に染まっていた。その表情を見て、俺は内心で笑った。ざまあみろ。お前の時代は終わったんだ。


次は、瑠璃花だ。彼女は、透夜のことで苦しんでいた。そんな彼女に、俺は優しく近づいた。電話をかけ、話を聞き、彼女の心の隙間に入り込んでいった。


「瑠璃花、お前が一番つらいよな。俺でよければ、いつでも話聞くから」


瑠璃花は、俺の言葉に救われたような表情をした。完璧だ。彼女は、俺に心を開き始めている。透夜が孤立していく様子を見ながら、俺は瑠璃花との距離を縮めていった。吹奏楽部の練習後に声をかけ、一緒に帰り、悩みを聞いた。


「透夜のことで悩んでるんだろ?無理しなくていいんだぞ」

「陽暉くん」


彼女の目には、涙が浮かんでいた。俺は、そっと彼女の肩に手を置いた。


「俺が、お前を守る。幸せにする。透夜みたいに、お前を裏切ったりしない」


そして、告白した。瑠璃花は戸惑っていたが、俺の熱意に押され、次第に心を開いてくれた。数日後、旧校舎の階段の踊り場で、俺たちはキスをした。瑠璃花の唇の感触。ずっと夢見ていたものが、手に入った。俺は、勝ったんだ。灰ヶ谷に。


でも、その時、気配を感じた。振り返ると、そこには透夜が立っていた。彼の顔は蒼白で、目は絶望に満ちていた。一瞬、罪悪感が湧いたが、すぐに打ち消した。これは、俺が勝ち取ったものだ。


「灰ヶ谷、悪いけど、瑠璃花は俺が守る」

「守る?君が?」


透夜の声は、不気味なほど静かだった。でも、俺は気にしなかった。


「ああ。お前みたいな、彼女を裏切った人間からな」


瑠璃花も、俺の味方をしてくれた。透夜は、何も言わずに去っていった。その背中を見て、俺は勝利を確信した。すべてが、計画通りだ。


それから、瑠璃花と正式に付き合い始めた。学校中の注目を集めた。「サッカー部のエースと吹奏楽部の人気者」という組み合わせ。完璧だった。透夜は、完全に孤立していた。誰も彼に話しかけず、いじめを受けている。ざまあみろ。お前の居場所は、もうないんだ。


でも、透夜の目が、時々気になった。あの、何の感情も浮かんでいない目。まるで、すべてを見透かされているような気がした。でも、証拠は完璧だ。透夜には、何もできない。俺は、そう信じていた。


ある日、瑠璃花が言った。


「陽暉くん、たまに透夜のこと、見てる時があるよね」

「え?そんなことないよ」

「でも、気になってるんじゃない?」


ドキッとした。確かに、透夜の動向が気になっていた。彼が何をしているのか、誰と話しているのか。無意識に、彼を観察していた。


「もう忘れろ。あいつは過去だ。これから、俺たちの未来だけを見ればいい」


瑠璃花は、頷いてくれた。でも、心のどこかで、不安が膨らんでいた。透夜が、何かを企んでいるような気がした。でも、それは被害妄想だ。証拠は完璧。透夜には、何もできない。そう自分に言い聞かせた。


そして、あの月曜日が来た。朝、学校に行くと、異様な雰囲気に包まれていた。生徒たちが、スマホを見て騒いでいる。


「マジかよ」「鷺沼が?」「嘘でしょ?」


胸騒ぎがした。何かが起きている。悪い予感が、全身を駆け巡った。友人が、俺のところに走ってきた。


「陽暉、大変だ!灰ヶ谷のSNS見た?」

「何?」


スマホを渡された。画面には、透夜の投稿が表示されていた。そこには、すべての真実が明かされていた。俺が、透夜を陥れた証拠。防犯カメラの映像。銀行の記録。掲示板での計画についての会話。筆跡鑑定の結果。すべてが、そこにあった。


頭が真っ白になった。手が震える。スマホを落としそうになった。


「嘘だ」


俺の声は、かすれていた。


「嘘だろ?」


でも、それは嘘じゃなかった。証拠は、明確だった。学校の正門前のコンビニの防犯カメラ。そんなものがあるなんて、知らなかった。銀行の記録も、すべて追跡されていた。掲示板での会話も、特定されていた。


「どうして」


俺は、完璧だと思っていた。でも、透夜は、すべてを見抜いていた。二週間もの間、証拠を集めていた。そして、この日を待っていた。


「鷺沼、校長室に来なさい」


教師の声が響いた。校長室に行くと、そこには校長と警察がいた。


「鷺沼くん、君には話を聞きたいことがある」


警察の質問は、厳しかった。俺は、必死に否定した。でも、証拠は揃っていた。防犯カメラの映像は、明確に俺を映していた。銀行の記録も、俺の口座への振り込みを示していた。掲示板での会話も、俺のIPアドレスと一致していた。


「認めるしかないんじゃないか?」


警察の言葉に、俺は崩れ落ちた。すべてが、終わった。計画は、完璧だったはずなのに。なんで、こんなことになったんだ。午後、俺は手錠をかけられて、学校から連行された。周囲には、スマホを構えた生徒たちが群がっている。その様子も、またSNSで拡散されていく。


「鷺沼、最低だな」「詐欺師じゃん」「灰ヶ谷、可哀想だった」


そんな声が、耳に入ってきた。かつて俺を慕っていた生徒たちが、今は俺を軽蔑している。すべてが、逆転した。


警察署で取り調べを受けた。すべてを白状するしかなかった。動機も、手口も、すべて話した。警察官は、呆れたような表情で俺を見ていた。


「高校生が、ここまで計画的な犯罪を犯すとは」

「俺は、ただ」


言葉が続かなかった。ただ、灰ヶ谷に勝ちたかった。それだけだったのに。


数日後、俺は詐欺罪と名誉毀損で起訴された。未成年だから実刑は免れたが、保護観察処分となった。学校は即座に退学処分。サッカー部の推薦入学の内定も、すべて取り消された。サッカー選手としての未来は、完全に閉ざされた。


父親の会社にも、影響が出始めた。「息子が詐欺で逮捕された経営者」として、取引先から次々と契約を切られていった。父親は、会社での立場を失い、地方の支社へ左遷されることになった。


「お前のせいで、すべてが終わった」


父親の冷たい声。母親も、俺を見る目が変わった。


「あなたなんて産まなければよかった」


その言葉が、胸に突き刺さった。でも、反論できなかった。すべては、俺のせいだ。


SNSでの炎上も、酷かった。俺の顔写真と実名が「史上最低の詐欺高校生」として拡散され続けている。過去の投稿も掘り返され、すべてが悪意を持って解釈された。


「鷺沼、昔から性格悪そうだった」「こいつ、他にも悪いことしてそう」「人生終わったな」


そんなコメントが、毎日のように書き込まれた。友人たちも、俺から離れていった。サッカー部の仲間も、もう連絡してこない。俺は、完全に孤立した。


そして、瑠璃花。彼女も、真実を知って苦しんでいるらしい。でも、俺は彼女を責めた。留置所から電話をかけた時、俺は言ってしまった。


「お前のせいだ、瑠璃花。お前が灰ヶ谷に未練を見せなければ、俺はもっとうまくやれたはずなのに」

「え?」

「俺の人生は終わった。大学も行けない。サッカーももうできない。すべて、お前のせいだ」


電話を切った後、後悔した。でも、もう遅い。瑠璃花との関係も、終わった。俺は、すべてを失った。


家族で地方都市に引っ越すことになった。でも、そこでも「詐欺をした高校生」として情報が広まっていた。近所の人たちの視線が、冷たい。父親とは、ほとんど口を利かなくなった。母親も、俺を避けるようになった。


「陽暉、あんたのせいで、私たちの人生もめちゃくちゃよ」


母親の言葉に、何も言い返せなかった。定時制高校に編入したが、そこでも居場所はなかった。過去を知った生徒たちは、俺を避ける。教師たちも、俺を警戒している。


「鷺沼くん、真面目にやってるか?」


そんな言葉をかけられるたびに、心が痛んだ。もう、サッカーもできない。ボールを蹴ることすら、苦痛になった。あれだけ好きだったサッカーが、今は俺を苦しめる存在になっている。


夜、一人で部屋にいると、灰ヶ谷の顔が浮かんでくる。あの、何の感情も浮かんでいない目。すべてを見透かしていた目。俺は、完全に負けたんだ。計画は完璧だと思っていたのに。でも、灰ヶ谷は、俺の上を行っていた。


ある夜、ネットで灰ヶ谷の近況を調べた。彼は、転校していた。新しい学校で、新しい友達もできたという。写真には、笑顔の灰ヶ谷が写っていた。その笑顔を見て、俺の心は更に沈んだ。灰ヶ谷は、前に進んでいる。でも、俺は、この地獄から抜け出せない。


掲示板に、こんな書き込みをした。


「人生終わった。何もかも失った。あの時、なんであんなことしたんだろう。後悔しかない」


でも、返ってきたのは、更なる誹謗中傷だった。


「自業自得」「反省が足りない」「消えろ」


誰も、俺に同情しない。当然だ。俺は、人を陥れた。罪のない人間を、苦しめた。その代償が、これなんだ。


父親とは、ついに絶縁状態になった。


「お前とは、もう親子じゃない」


その言葉を聞いた時、何も感じなかった。感情が、麻痺していた。母親も、俺に話しかけなくなった。弟は、俺を避けるようになった。家の中で、俺は幽霊のような存在になっていた。


ある日、定時制高校の教師に呼び出された。


「鷺沼くん、将来のこと、考えてるか?」

「いえ」

「このままじゃ、まずいぞ。何か目標を持たないと」


でも、俺には目標なんてない。サッカーは諦めた。大学にも行けない。就職も、俺の経歴では難しいだろう。前科はないが、ネットに残った記録は消えない。俺の名前を検索すれば、すぐに「詐欺高校生」という情報が出てくる。


「俺に、未来なんてないんです」


教師は、何も言わなかった。ただ、同情するような目で俺を見ていた。その目が、更に俺を傷つけた。


夜、一人で街を歩いた。ネオンの光が、やけに眩しい。人々は、笑いながら歩いている。でも、俺だけが、暗闇の中にいる気がした。公園のベンチに座って、空を見上げた。星が輝いている。灰ヶ谷も、同じ星を見ているだろうか。彼は、もう俺のことなんて忘れているだろう。新しい人生を歩んでいる。


でも、俺は違う。俺は、この後悔と共に生きていく。灰ヶ谷を陥れた罪。瑠璃花を利用した罪。すべての人を裏切った罪。それが、俺の人生を支配している。


ある日、バイトを始めた。コンビニの夜勤。時給は安いが、人と関わらなくていい。でも、そこでも問題が起きた。ある客が、俺を見て言った。


「あれ、お前、ネットで見たことある。詐欺した高校生じゃね?」


その言葉に、店内の空気が凍りついた。他の客たちも、俺を見る。その視線に、軽蔑の色が浮かんでいた。


「すみません」


それしか言えなかった。その日の勤務後、店長に呼ばれた。


「鷺沼くん、申し訳ないけど、辞めてもらえないか。客からクレームが来てるんだ」

「分かりました」


バイトも、続かない。俺には、もう居場所がないんだ。家に帰ると、父親がいた。珍しいことだった。


「陽暉、話がある」

「何ですか」

「お前、もう十八歳だろ。いい加減、自立しろ。家を出ていけ」


その言葉に、何も言い返せなかった。家族からも、見捨てられた。でも、それは当然のことだ。俺は、家族にも迷惑をかけた。会社を失わせ、引っ越しを余儀なくさせた。


「分かりました」


荷物をまとめて、家を出た。行くあてもない。友人もいない。ただ、街を彷徨うだけ。ネットカフェで夜を過ごし、公園のベンチで眠った。これが、俺の人生なのか。


数ヶ月後、俺は建設現場で働いていた。学歴も経歴も問われない、日雇いの仕事。毎日、肉体労働に明け暮れた。体は疲れ切っているが、心の痛みは消えない。休憩時間、他の作業員たちが楽しそうに話している。でも、俺は輪に入れない。過去を話せば、また拒絶される。だから、黙って作業をするだけ。


夜、安アパートに帰る。壁は薄く、隣の部屋の音が聞こえてくる。家族の笑い声。それを聞くたびに、胸が痛んだ。俺にも、家族がいた。でも、俺が壊した。すべて、俺のせいだ。


ある日、街で偶然、サッカーの試合を見かけた。高校生たちが、必死にボールを追いかけている。その姿を見て、涙が溢れてきた。俺も、あんな風にサッカーをしていた。夢を持っていた。でも、すべてを失った。


なんで、あんなことをしたんだろう。灰ヶ谷に嫉妬して、計画を立てて、人を陥れて。結局、すべてを失ったのは、俺だった。灰ヶ谷は、何も失わなかった。いや、一時的には苦しんだが、結局は勝った。そして、新しい人生を手に入れた。


でも、俺は違う。俺は、この地獄から抜け出せない。毎日、後悔に苛まれている。眠れない夜が続く。食事も喉を通らない。鏡を見ると、そこには見知らぬ男が映っていた。痩せこけて、目は虚ろ。生気のない顔。これが、鷺沼陽暉。かつて、サッカー部のエースと呼ばれた男。


ある夜、部屋で一人、考えた。このまま生きていて、何の意味があるんだろう。誰も俺を必要としていない。家族も、友人も、誰も。俺は、ただ生きているだけ。いや、生かされているだけ。


カッターナイフを手に取った。手首に当てる。少しだけ押し付けると、痛みが走った。この痛みで、心の痛みが消えるだろうか。でも、切ることはできなかった。怖かったから。そして、これ以上、誰かを悲しませたくなかったから。もう、誰も悲しまないかもしれないけど。


カッターナイフを置いて、床に座り込んだ。頭を抱えて、声を殺して泣いた。誰にも聞かれたくなかった。この弱さを、誰にも見せたくなかった。


翌朝、また建設現場に向かった。作業をしながら、ふと思った。俺は、一生この罪を背負って生きていくんだ。灰ヶ谷を陥れた罪。瑠璃花を利用した罪。家族を傷つけた罪。それが、俺の人生を支配し続ける。


休憩時間、スマホで灰ヶ谷のSNSを検索した。もう、アカウントは見つからなかった。完全に、俺の手の届かないところに行ってしまった。それでいい。灰ヶ谷には、幸せになってほしい。俺が奪おうとしたものを、取り戻してほしい。


でも、俺は違う。俺には、幸せになる資格はない。この地獄で、ずっと苦しみ続ける。それが、俺の罰だ。


数年後、俺は二十歳になった。成人式には行かなかった。同級生に会いたくなかったから。建設現場での仕事は続けていた。それが、俺にできる唯一のことだった。


ある日、現場で事故があった。足場が崩れて、作業員が怪我をした。俺は、とっさにその人を庇って、自分が怪我をした。病院に運ばれ、治療を受けた。幸い、大したことはなかった。


「鷺沼くん、ありがとう。君が庇ってくれなかったら、もっと大きな怪我をしてたよ」


助けた作業員が、感謝の言葉を述べた。その言葉に、少しだけ、心が温かくなった。俺にも、誰かの役に立つことができるんだ。でも、すぐにその温かさは消えた。一つの善行で、俺の罪が消えるわけじゃない。


退院後、現場監督に呼ばれた。


「鷺沼、よくやった。お前、意外といいやつだな」

「ありがとうございます」

「でもな、お前、何か抱えてるだろ。顔に出てるぞ」


監督の言葉に、何も答えられなかった。抱えてる。そう、俺は重い罪を抱えている。それは、一生消えることはない。


「まあ、人には色々あるからな。でも、前を向いて生きろよ」


前を向く。そんなこと、できるのだろうか。俺には、前を向く資格があるのだろうか。


その夜、部屋で一人、考えた。灰ヶ谷は、今、どうしているだろう。大学生活を楽しんでいるだろうか。新しい恋人はできただろうか。きっと、幸せに暮らしているだろう。俺のことなんて、もう思い出しもしないだろう。それでいい。俺は、灰ヶ谷の人生から消えるべき存在だ。


瑠璃花のことも考えた。彼女も、苦しんでいるだろう。俺と同じように、後悔に苛まれているだろう。でも、彼女は俺よりマシだ。彼女は、騙されただけだ。俺は、騙した側だ。罪の重さが、全く違う。


ある日、街で母親を見かけた。買い物をしている姿。でも、声をかけることはできなかった。俺が近づけば、母親を苦しめるだけだ。遠くから、その姿を見つめた。母親は、少し老けたように見えた。それも、俺のせいだ。


弟のことも気になった。今、高校生だろうか。俺のせいで、いじめられていないだろうか。「詐欺師の兄を持つ弟」として、苦しんでいないだろうか。そう思うと、胸が痛んだ。


コンビニで雑誌を立ち読みしていると、高校サッカーの記事が目に入った。かつてのチームメイトが、全国大会に出場していた。彼らは、夢を追いかけている。でも、俺は、夢を諦めた。いや、夢を追う資格を失った。


雑誌を閉じて、店を出た。夜の街を歩く。ネオンの光が、相変わらず眩しい。人々は、笑いながら歩いている。でも、俺だけが、暗闇の中にいる。それは、変わらない。


ある日、建設現場で新しい作業員が入ってきた。若い男だった。彼は、明るく、人懐っこかった。休憩時間、彼が話しかけてきた。


「鷺沼さんって、何歳ですか?」

「二十だ」

「若いですね。俺と同じくらいじゃないですか」

「お前は?」

「十九です。高校中退して、こういう仕事してるんです」


彼の話を聞きながら、少しだけ、人と話す温かさを感じた。でも、彼に過去を話すことはできなかった。知られたら、また拒絶される。


数週間後、その作業員が突然、言った。


「鷺沼さんって、もしかして、あの鷺沼陽暉さんですか?」


心臓が止まりそうになった。


「何のことだ?」

「いや、ネットで見たことあって。高校生の時に、詐欺で捕まった」


やはり、バレたか。俺は、何も言えなかった。彼は、少し考えてから言った。


「でも、もう過去のことですよね。今、ちゃんと働いてるし」


その言葉に、少し救われた気がした。でも、すぐに現実が押し寄せてきた。


「いや、過去は消えない。俺は、一生この罪を背負って生きていく」

「そんな」

「お前は、俺と関わらない方がいい。俺に近づくと、お前まで汚れる」


それ以来、彼は俺に話しかけてこなくなった。また、孤立した。でも、それでいい。俺は、一人で生きていくべきなんだ。


夜、安アパートに帰ると、大家から手紙が届いていた。


「来月から家賃を上げます」


また、出費が増える。建設現場の日雇いでは、ギリギリの生活だ。食事も、一日二食にしている。でも、文句は言えない。これが、俺の人生だ。


ベッドに横になって、天井を見つめた。このまま、何十年も生きていくのだろうか。毎日、同じような日々を繰り返し、誰にも必要とされず、ただ存在するだけ。それが、俺の未来なのか。


でも、それは自業自得だ。俺が選んだ道の結果だ。灰ヶ谷を陥れようとして、すべてを失った。因果応報。まさに、その通りだ。


ある夜、夢を見た。高校時代の夢だった。サッカー部で練習している夢。仲間たちと笑い合っている夢。瑠璃花と手を繋いで歩いている夢。でも、それはすべて幻だった。目が覚めると、そこには冷たい現実しかなかった。安アパートの狭い部屋。薄汚れた壁。孤独な自分。


涙が溢れてきた。声を殺して泣いた。もう、戻れない。あの頃には、もう戻れない。


翌朝、また建設現場に向かった。作業をしながら、ふと思った。もし、あの時、灰ヶ谷に嫉妬しなければ。もし、計画を実行しなければ。もし、瑠璃花を諦めていれば。もしも、もしも、もしも。でも、すべては「もしも」だ。現実は変わらない。


昼休み、一人でコンビニの弁当を食べた。他の作業員たちは、楽しそうに話している。でも、俺は輪に入れない。入る資格もない。


午後の作業中、ふと、灰ヶ谷の言葉を思い出した。あの日、旧校舎の階段で、俺が言った言葉。


「灰ヶ谷、潔く認めろよ。お前の負けだ」


でも、負けたのは俺だった。完全に、徹底的に、負けた。灰ヶ谷は、俺の上を行っていた。俺の計画を見抜き、証拠を集め、そして真実を明らかにした。俺は、彼の掌の上で踊っていただけだった。


作業を終えて、現場を出る。夕日が沈んでいく。赤く染まった空が、どこか悲しげに見えた。家に帰る途中、公園の前を通った。子供たちが、サッカーをしている。ボールを追いかけて、笑顔で走り回っている。その姿を見て、立ち止まった。


俺も、あんな風に純粋だった時があった。サッカーが好きで、ただボールを追いかけることが楽しかった。いつから、俺は変わってしまったんだろう。いつから、嫉妬に支配されるようになったんだろう。


子供たちのサッカーを見ながら、涙が溢れてきた。もう、戻れない。あの純粋な時には、もう戻れない。


公園を離れて、家に向かった。街灯の光が、道を照らしている。その光の中を、一人で歩く。影が、長く伸びている。その影が、まるで俺の罪のように見えた。


安アパートに着いて、鍵を開けた。冷たい部屋。誰も待っていない部屋。ただいま、と言っても、誰も返事をしない。これが、俺の居場所だ。


ベッドに倒れ込んで、枕を抱きしめた。もう、泣く気力もなかった。ただ、虚無感だけが残っていた。俺の人生は、もう終わっている。二十歳で、すべてが終わっている。これから先、何十年も、この地獄を生き続けるのか。


でも、それが俺の罰だ。灰ヶ谷を陥れた罰。瑠璃花を利用した罰。すべての人を裏切った罰。それを、一生背負って生きていく。それが、鷺沼陽暉という男の、終わりなき贖罪。


窓の外を見ると、月が出ていた。満月だった。明るく、美しい月。灰ヶ谷も、同じ月を見ているだろうか。新しい場所で、新しい人たちと、幸せに暮らしているだろうか。そうであってほしい。俺が奪おうとしたものを、取り戻していてほしい。


でも、俺は違う。俺は、この後悔と共に生きていく。嫉妬に支配された男として。計画を立てて人を陥れた男として。すべてを失った男として。それが、俺の選んだ道の結果。そして、それが、俺の人生。


完璧な計画が崩れ落ちた時、俺の世界は地獄に変わった。そして、その地獄から、俺は永遠に抜け出せない。それが、鷺沼陽暉という男の、終わることのない罰。明日も、太陽は昇る。そして、俺は生きていく。この罪を背負って。この後悔と共に。それが、俺に残された、唯一の道。


数ヶ月後、ある日の夜、建設現場からの帰り道、街で灰ヶ谷に似た人物を見かけた。心臓が跳ね上がった。でも、近づいてみると、全くの別人だった。ホッとすると同時に、深い失望を感じた。もう、灰ヶ谷に会うことはない。それは分かっている。でも、心のどこかで、いつか謝りたいと思っている自分がいた。


会ってどうするんだろう。謝って、許してもらえるわけがない。やり直せるわけもない。ただ、一言だけ言いたい。「本当に、すみませんでした」と。でも、それは、ただの自己満足でしかない。灰ヶ谷にとって、俺の謝罪など、何の意味もない。


家に帰って、鏡を見た。そこには、見知らぬ男が映っていた。痩せこけて、目は虚ろ。生気のない顔。これが、鷺沼陽暉。かつて、サッカー部のエースと呼ばれ、学年でも人気があった男。今は、誰にも必要とされない、ただの日雇い労働者。


ベッドに横になって、天井を見つめた。灰ヶ谷は、今、何をしているだろう。大学で勉強しているだろうか。友達と笑っているだろうか。新しい恋人と、幸せな時間を過ごしているだろうか。きっと、そうだろう。そうであってほしい。


でも、俺は。今日も、明日も、これからも。この後悔と共に生きていく。灰ヶ谷を陥れようとした罪を背負って。それが、俺の人生。終わることのない贖罪。でも、現場監督の言葉を思い出した。「前を向いて生きろよ」


前を向く。そんなこと、できるのだろうか。いつか、この罪と共に生きていけるようになる日が来るのだろうか。完全に消えることはなくても、少しずつ、前に進めるようになるのだろうか。今は、まだ分からない。でも、いつか。何年後か、何十年後か。もしかしたら、少しだけ、自分を許せる日が来るかもしれない。でも、それは今じゃない。


今の俺は、ただこの罪を背負って、一歩ずつ前に進むしかない。それが、俺にできる唯一のこと。窓の外を見ると、星が輝いていた。灰ヶ谷も、同じ星を見ているだろうか。そんなことを考えながら、俺は目を閉じた。明日も、太陽は昇る。そして、俺は生きていく。この後悔という名の地獄で、永遠に溺れながら。それが、俺が選んだ道の、終わりなき結末。

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