第3話 無邪気な笑顔と、小さな約束
アリアが農夫夫婦の子となってから、幾年かの月日が流れた。
小さな体は元気にすくすくと育ち、村の誰よりも明るく笑い、そして—―不思議な「ちから」を見せ始めていた。
ある朝、ガイルが庭に出ると、昨日まで固い蕾だった花々が一斉に咲き誇っていた。
「お、おい……なんだこれは」
唖然と立ち尽くすガイルの背に、小さな声が響く。
「お花さんたち、起きたいって言ってたから、起こしてあげたの!」
振り返れば、両手を泥だらけにしながら満面の笑みを浮かべるアリアがいた。
「……アリアが、咲かせたのか?」
「すごいな。父さんにはできないことだ。……えらいぞ。」
戸惑いながらも頭を撫でる。
娘は嬉しそうに笑うが、ガイルの胸の奥には「こんなことが人の子にできるはずがない」という不安が静かに広がっていた。
またある日の森。
アリアは迷子の小鹿を撫でながら話しかけていた。
「お母さんを探してるんだって。だから、道を教えてあげるの。」
不思議なことに小鹿は少女の後ろをついていき、やがて親鹿のもとへ駆け戻った。
その姿を見たアリアは目を輝かせて、
「良かったね!でも、もうお母さんからはなれちゃだめだからね!」
と、小さな手をぶんぶんと振りながら別れを告げた。
「……おいおい、本当に……」
驚きの声をあげるガイルに、アリアは胸を張って笑う。
「ちゃんとお話しできるんだよ!」
その無邪気さに、ガイルは笑いながら頭をかき、そっと言葉をかけた。
「……優しい子だな、アリアは。」
だがその裏で、背筋には冷たい汗が流れていた。
別の日。
アリアが庭で歌っていると、小鳥たちが集まり、彼女の肩や腕にとまり一緒に囀りはじめた。
「見て!小鳥さん、私の歌が好きなんだって!」
アリアの声に、グレイスは笑顔を返しつつ、胸の奥では「この子は本当に人間なのだろうか」という問が離れなかった。
その夜。
娘が眠ったあと、夫婦は囲炉裏の前で向かい合った。
「ガイル……あの子は、やっぱり……。」
「言うな。俺も感じてる。」
焔が揺れる中、しばしの沈黙が流れる。
「……けれど、あの子は俺たちの子だ。何があろうと、それは変わらん。」
その言葉にグレイスは小さく頷き、眠るアリアの頬をそっと撫でた。
翌朝。
まだ眠そうに目をこするアリアの前に、夫婦は膝をついた。
「アリア。お前は特別なことができる。でもね、そのことは他の人に見せちゃいけない。」
「えっ、どうして?」
不思議そうに首を傾げる娘に、ガイルは真剣に言った。
「世の中には、それを怖がったり、利用しようとする人間もいる。父さんと母さんの前だけで……約束だ。」
アリアは少し考えてから、にっこりと笑った。
「うん!じゃあ、お父さんとお母さんの前だけにする!」
小さな手を差し出す娘に、二人は強く頷き、その手を握り返した。
—―こうして結ばれた「小さな約束」。
無邪気な笑顔と共に芽吹いていく力が、やがてどんな未来を呼ぶのか。
その時をまだ知らぬまま、アリアの幼き日々は穏やかに過ぎていった。




