第1話 別れと新しい出会い
—―森が燃えていた。
深い緑を誇っていたはずの大樹は、無残に裂け、枝葉は炎に包まれていく。
木々のざわめきは悲鳴に代わり、鳥たちは空を切るように逃げ去った。
太陽の光はいつもと変わらず穏やかに降り注いでいるのに、その下で広がる光
景は地獄だった。
本来なら今日、この樹の前で人間とエルフが“平和の誓い”を結ぶはずだった。
精霊の加護を宿すと伝えられるこの樹は、両種族の未来を繋ぐ象徴となるはず
だった。
だが放たれたものは祝福の言葉ではなく、無数の矢――裏切りの合図。
そして、場は一瞬にして血と炎の修羅場へと変わった…。
その混乱の中、一人の女性が必死に小さな命を抱えて走る。
長い耳に美しい横顔、けれどその瞳には決意が宿っていた。
「……生きて……必ず—―」
最後の言葉は、炎と血煙にかき消された。
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数日後、農夫の男は村のはずれで、泣き声を耳にした。
こんな森の中に赤子が—―?
その声に惹かれるまま駆け寄ると、木の根元に小さな赤ん坊がいた。
すすで汚れた布にくるまれており、泣きながらも大きな瞳で彼を見上げていた。
「……な、なに!?赤ん坊!?なんで、こんな所に!?」
大声をあげて慌てふためきながらも、気づけば震える赤子を抱き上げていた。
「うわっ、泣くな泣くな!お、俺は怪しいもんじゃないからな!?」
あやすように揺らしていると、ふと赤子の小さな手に目が止まる。
――握られていたのは、場違いなほど精緻な短剣だった。
「……なんだ、これ?」
見慣れぬ奇妙な文様。――しかし、それは過去に見覚えのある紋章だった。
忘れたくても忘れられない、戦火の記憶を呼び覚ます—―。
「……子供が持つには似合わん代物だな」
苦く笑い、短剣を自分の外套の中に押し込んだ。
そして震える赤子をもう一度、確かめるように強く抱きしめる。
この出会いが未来を変えることを、男はまだ知らなかった。
「大丈夫だ……俺が、お前を守ってやる」
そう呟いた途端、赤子は泣き止み、すやすやと寝息を立て始めた。
戸惑いで満ちていた男の胸は、その寝息に包まれ、迷いは消え去った。
—―そして、確かな決心へと変わっていった。
こうして、一人の農夫と、一人の少女の物語が始まった。




