【供養小説】 バカな僕をどうか嫌って
「お疲れ様~」
「お疲れ様~、またね~」
そう言って、一個年下の女の子と一緒に帰っていく君の姿を、何とも思っていないような顔で見送るのは一体今日で何度目だろうか。
少し前までそこに居たのは僕だったのに。そこに居られないように現状を動かしてしまったのは自分自身なのだけれど、それでも過去の僕が最も見たくないと願った景色を見せつけられるのは簡単に割り切れないほどに心が痛くなる。
きっと昔の僕にしたようなことを君は今、その子にしているのだろう。誰もいない帰宅路でそっと手を繋いで、安心するなんて優しく笑って、温かさが恋しいからなんて理由で別れ間際にハグをして、それからまた明日ねとまた温かく笑う。そんな僕が大切にしたかった毎日を、帰り道を、君は一個下の後輩とつづけているのだろう。そんな薄汚れた考えを吐き出す自分の頭が憎らしくて仕方がない。目に焼き付いてしまった嫌な光景が忘れられなくて眠れなくなってしまったのをいいことに、明日は寝不足からくる体調不良で休んでしまおうときめた。
そしてどうせ眠らないのなら、とろくに働きもしない頭で必死に文字を綴って少しでも自分の感情が楽になればいいとあがいてみる。
とっちらかった文章だと思いながらも、それでも打ち込んでいく様はなんと滑稽だろうか。それでも書かなければ、この感情は自分のモノであり、私ではない主人公(救世主)のモノなのだと錯覚しなければ、明日の、今日の私は笑えそうになかった。
今から一年前というには長すぎるけれど、半年前というには短すぎてしまうような、そんな遠いようで近いあの日に君と僕は初めて正面から言葉を交わした。あの日のことは今でも記憶に残っている。君は大したことじゃない、なんて笑っていたけれど。
話しかけてきてくれたのは君だった。今でもよく覚えている。そのころの僕は世界の全て人を自分の味方じゃない、敵になりうる何かだと思い込んでいて、せっかく話し掛けに来てくれた君とも碌におしゃべりの一つもできなかった。立った一言、二言。僕が好きなテレビゲームの中で知っていることがあると、わざわざ話題を作ってくれたのに、僕はきちんと話せないままあの日は終わってしまった。君は覚えているのかな。
それからたまたま共通して遊んでいたスマホゲームがあったことをきっかけにぐっと仲良くなって、部活だけじゃない時間でも遊んだり、ただおしゃべりをしたりもしたね。
部活がはじまる前の少しの時間から、そして部活の間も、部活が終わった後も二人でずっと話をして、バスが来るまで、なんて言い訳をして長いようで短い時間を二人で過ごした。
初めて手を握ってきたのは君からだった。学内にあるカフェスペースのソファ席。見えにくい位置だったかもしれないけど、僕たちの距離はきっと不自然なまでに近かった。
「手貸して」
少し寝ぼけた君の一言から始まってしまった僕らの曖昧な関係。最初は驚いた僕が呼吸を、動きを止めてしまって、何も出来なくなってしまったことをよく覚えている。起こしてしまえばいいだけの話だったのだけれど、疲労でいっぱいの君があんまりにも気持ちよさそうに寝てしまっているものだから、僕はその手を振りほどくこともできずに、ただ繋がれた手をじっと見つめて数十分という時間を過ごしていた。
その日から僕らはただの友達、ではいられなくなってしまった。俗にいう友達以上、恋人未満のような関係性。あの日、手をつなぐ温かさの虜になってしまったのは、本当は君では無くて僕だった。僕よりも一回り大きい手に包まれるようにつないで帰った帰り道を僕は今日もまた思い出していた。独りぼっちの帰り道は夏のはずなのにひどく、寒く感じたんだ。
それから一緒に帰れる日はずっと一緒に手を繋いで帰っていたことを君は覚えているかな。手をつなぎたいのに、手をつなぐための言い訳を探してしまって、君の手を掴めないでいた僕の手を君はいつもそっと救い上げるように優しく握りしめてくれていた。誰にも見つからないように、なんて言いながら三十分もかからない帰り道を二人でゆっくり歩いていた。
そんな何気ない温かさと、優しさをくれる君に惹かれ続けていた僕は、気が付けばいつだって君のことを考えていて、たまたま出かけた先で見かけた君の好きな生姜が使われたお酒。気が付けば手に取っていて、君はどんなふうに喜んでくれるのかなって想像だけで楽しくなってしまって、一緒にいた友人に不審がられてしまうほどにはニヤけた顔を隠せなくなってしまっていた。
そんな自分本位な、喜んだ君の顔が見たくて送ったお酒に君は想像以上に喜んでくれて、思わずといった様子で僕に飛びついてきた君に、また先に一線を越えられてしまったな、なんてちょっぴり悔しくも思ってもいた。それでも、背中に回された腕は確かにそこにあって、恐る恐る君の背中まで延ばした僕の手を嫌がらなかった君に僕はまた、一人沼に沈んでしまったような気がした。
それから手を繋いで帰るだけだった日々にハグをするなんて甘みが追加された。分かれ道を行く前にほんの数秒。バス停でバスを待つ五分間。公共の場でくっつくなんて、と言いながらその時間を何より楽しみにしていたのは僕だった。
もう何度目になったかわからない帰り道。たまたま、二人きりじゃなくて色んな部の仲間たちと一緒に帰ることになった帰り道。僕の心に明確な変化を与えたのはその日だった。
一つ下の異性の後輩と楽しそうに話し続ける君に酷い嫉妬心を抱いてしまったのだ。僕を見てよ。そんな子供らしい感情が自分の中にあるのなんてとても意外だったけれど、それでも君が、僕じゃない別の誰かの隣で、僕じゃない誰かの手を握って、僕じゃない誰かに微笑みかけている未来を僕は見たくなかった。
君を僕のモノにしたい。でも好きでもない相手につき合わせるなんてこと……そう思っていた時に決まったクリスマスの約束。いつもより少し気合の入れたメイクとヘアセット。それからお気に入りのニットを合わせたコーデで君と駅前をぶらついた。
ずっと恋人握りで手を繋いで、街を見て、あの服は知り合いの誰それに似合いそうだ、近くでこんなイベントがあるらしい、なんていつもと同じようで、ちょっと違う新鮮な一日を過ごした。
もしかしたら君も同じ気持ちかもしれない、もしかしたら、なんて気持ちを隠し切れなかったその日。結局、私は自分の気持ちも口に出来なければ、君も何も言わないまま、その日の最後に二人で晩御飯を食べて、またねと笑って別れた。その日の帰り道、ほんの少し涙が流れてしまったことは君にも、誰にも言えない僕だけの秘密だ。
僕じゃない誰かの隣にいる君を想像するだけで僕は死んでしまいそうなのに、君はきっと違うのだろう。そう思えば、そう思うほど苦しくて、何も出来なくなって、勇気のない僕じゃ、君には見合えないと、何度も諦めようと必死だった。
「俺たち、友達なのにね」
そんな何気ない君の言葉何度傷ついたっけ。それでも僕は結局君の隣を諦められなくて、夢を見てしまったから。もうどうにでもなればいいと、これで隣にいられなくなっても、死んでしまいたくなっても、それでもいい。そう思ってそっと君に送る誕生日プレゼントの中に手紙を入れた。今時、古風なラブレター。顔を見て告白することなんてできそうになかった僕のちっぽけな勇気。誕生日プレゼントに埋もれて気づかれないのならが、それでもいいと、思ったソレは君の目に留まってしまった。
振られる、どうか僕を嫌いにならないで、気持ち悪くてごめん、そんなことを思いながら、通話を繋いだその先で、手紙を読んでいるだろう君を待つ数分。僕の心臓は過去、最も早く、鐘を鳴らしていた。
手紙を読み終わった君は、ただ、
「本当?」
と、僕に尋ねた。
「本当だよ。君のことが好きなんだ」
僕もただそう答えた。緊張から声も震えていた情けない僕だった。それでも君は、
「俺も好き!」
そう、言ってくれたんだ。
そうして繋がった僕らの時間はあっという間だった。何度かデートもして、お泊りもして、幸せな時間だった。君と過ごせる幸せに僕は酔いしれていた。
だからきっと……これはそのバツなんだ
幸せはあっという間で、きっと未完成だった僕らは、上手くいかないまま、終わってしまった。
終わってしまったことを不幸せだとは思っていない。君がそれを望むのならば、僕は、こんな僕でも愛してくれた君を、尊重したかったから。ただ、心に受けた傷は簡単に痛みを忘れてくれやしなかった。
痛みを忘れるには、そんな安い売り言葉を信じて、誤った道に落ちていった僕を、君はもう、何とも思っていないのだろう。君の面影を追いかけて、別の誰かに縋ることを繰り返す僕は、なんて馬鹿なのだろう。それでももう、止まれないのだ。
君がもう別の誰かに笑いかけるのならば、僕は、何ともない顔でそれを見送るしかない。僕にはもう、何を言う権利もない。だから僕は、言葉を飲み込むために今日も、君を嫌って別の誰かを好いているフリで、バカを演じる。あぁ、あの時に戻れたらいいのに。そんなことは叶うわけもない。
忘れられるわけもないのに。
それでも僕は、忘れたフリで、別の誰かに縋るのだ。
一月前に、別れてしまったあの日に、時が戻ればいいと何度も願った。今まで信じて来なかった神様に、あの日に時間を戻してくれと、失ってしまったものばかりを数えながら、今日も私はニコリと、歪んだ笑顔で笑うしかないのだ。