下村談義3
下村にとって深詠子はアイドル的存在だ。結婚した当時、彼女をものにした下村は、仕事一筋でもなかったと社内で見直された。まさか深詠子が別な男の子を宿して、それで結婚出来たとは誰も知らない。周囲では気に入った人と結婚した下村も仕事同様に恋も極められると評判が持ち上がったほどだ。下村にすれば此の人気を天秤に掛ければ、真苗が誰の子供でも気にならず、それ以上に深詠子の計り知れない魅力を感じていた。
「そんな人を手放すぐらいなら一緒に死んで欲しいと願うのも下村なら当然でしょう。でもただ一人生き残り、我が身に刃を向けた時、一瞬にして全てが覚めてしまった。あれがあの男の惨めったらしいところよ」
事業家は世の中に必要なものを揃えるだけじゃない。いや、そんなものは二の次だ。人がいかに生きていけるか。それを抜きにして築いた男ほど挫折感には脆い。深詠子のそんな一面にしか惹かれなかった男に、彼女を道連れにする資格はない。
「じゃあ、磨美さんは下村について証言台で、もしも、もしもですよ。意見を言われればどっちにするんです」
「どっちって?」
「検察側か弁護士側か」
「さあ、まだ分からない。それで、これからも現在の下村の心境は常に把握しておきたいのよ」
それでどうかと聞かれたが、まだ下村は、自分の気持ちの整理に混沌としている。
「そうなの。改心の余地はあるのかしら?」
「改心って?」
「深詠子を慎み深い人間として扱ってくれるのか。憧れやアイドルではダメなのよ。あなたも真苗ちゃんをそんな風には育てないでね」
そう云われても自信がない。今まで人に対してああせいこうせいと仕事以外で考えを押し付けていないが、放任主義でもダメだ。何がその人にとって良いのか、自ら悩んでいる彼にとって難しい注文だ。




