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下村談義1

 下村が留置されている警察署を出てタクシーに乗った。乗務員から歩けと言われる距離だが、考え事をしながら歩く彼には、周囲は見えていても殆ど視野に入っていない。脳が危険判断をする余地が無いほど、下村との面会状況で占めている。それでも脳細胞を通る回路が別々なのか、降りる場所は的確に捉えていた。

 磨美さんは前回と同じように待機して直ぐに迎えてくれた。自殺もそうだが、一家心中は周囲には悟られない様にする。その一方では何とか止めて欲しいと内面には一抹の期待も抱く。今日の下村からはそんな兆候は、突発的だったのか窺えない。

 今回は予定していただけに、磨美さんは事前に子供は遠ざけていた。通されたリビングで紅茶を呼ばれた。

「どうだった。初対面の前より下村は落ち着いていたでしょう」

 彼は営業マンとして人心を把握するのには心得たもので、今まで直ぐに商談に引き込んでいた。

「でもね、ビジネス抜きだとお茶に誘うのもまどろっこしい人なのよ」

 なるほど、さっきの面会でも直ぐにこっちのリードで話が進んだ。肝心の殺意に関しては、まだ整理が着いていないのか踏み込めなかった。

「それで磨美さんには検察、弁護士どちらからもお声は掛かりませんか」

「まだ初動捜査の段階で、もう少し全容が掴めてからじゃないかしら。それよりよく下村が弁護士でもないあなたに、事件を喋る気になったのは凄いじゃん」

「彼奴は深詠子に犯した罪を俺に懺悔ざんげしてるんだ」

 下村は深詠子をって後悔に苦しんでいる。下村にとって彼女は憧れだ。彼女に依って自分の価値が高めら、誇れる存在だった。それを失うぐらいなら存在そのものを自分と共に永遠に消し去りたい想いがなければ、手を掛ける事は絶対にない。だが人をあやめて生きている処に、深詠子を良く知る男がガラスの向こうに現れた。この男に俺の胸に去来する恋に焦がれた思いを話せば、深詠子も俺に恨みを残さず成仏してくれと、許されない罪を乞うた。




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