下村に訊く1
現代は時が目まぐるしく流れ、新たな事件が過去を押し流してゆく。下村による心中事件も関係者以外は彼方に押しやるほど、世間は急流に呑まれ続けている。呑まれた深詠子は、真苗と謂う分身を遺してこの世から消えてしまった。彼女の価値の解らない人間に、厳密には消されただけにあの男を責めたくなる。人生の流れから澱みにはまり込み、抜け出せずに死ぬのは勝手だ。独りで死ねばいいものを巻き添えを喰らわせて、今は留置場でのうのうと心落ち着ける日々を送っているのか。心の整理が出来た時を見計らって藤波は下村と面会して確かめたい。
今まで深詠子の事後処理に振り回されたが、以前の落ち着きを取り戻した。可奈子のお陰で余裕が出来ると、深詠子が曲がりなりにも一緒になった下村と謂う男が起こした、内面を知る手掛かりを掴むため実行に移す。もともと突発的に起こした事件だ。洗いざらい喋るのに時間は掛からない。深詠子の昔の恋人だと言えば、面識がなくても面会するだろう。
可奈子にはスーパーでなく、卸売市場への顔繋ぎを済ませてある。食材の仕込みは彼女に任して、下村が留置されている警察署を訪ねた。警察は真苗の存在を早くから掴んでいた。下村が直ぐに自首して、無理して八歳の女の子から事情聴取する必要がなくなった。保護者たる藤波が早いうちに下村に面会に来ると察して、すんなり書類は通った。あとは下村本人が面会を希望するかどうかだが、本人の了解を得た。
通された面会室は、部屋半分の一面に、透明なアクリル板で仕切られ、会話用に中央に穴の空いた丸いアクリル板が別に設置されていた。暫く待つと向こうのドアから下村が入って来た。彼にすれば弁護士以外の接見は初めてで、少し戸惑いも見受けられた。
彼は椅子に座ると前のテーブルに両肘ついて、申し訳ないとポツリと呟いた。このひと言で、藤波は何処まで自分を知っているのか問い質した。するとほとんど知らずに、ただ妻の以前の恋人と知って発した言葉だと判り。
「それでは、あなたに面会を求めた理由は解りますか?」
と訊ねた。




