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深詠子の思い4

 秋から一緒に暮らして始めた深詠子にとって、藤波は掛け替えのない人になり、年末年始には家族に紹介したいと彼を実家に連れて帰り、家族に紹介するつもりだ。これで益々有頂天になり、始発の新幹線で郷里に着くと、兄の車で案内してもらえると思った。兄と会うと深詠子が案内したのは、九州を余り知らない者には、取り留めも無い場所を案内され、説明を受けても「草枕」処か、ほとんどの小説を知らなかった。「我が輩は猫である」も夏目漱石の作品と云うだけで読んでない。あれは別に読まなくても、どうって事とないと言われたが、彼女の内心を思うと穏やかでない。そんなわけで「草枕」も一方的な説明に終始した。

 絵に没頭する画家が、この町に逗留して宿泊先の女主人とのやり取りが中心になる話だ。

「それだけですか」

「啓一朗さん、あなた絵には関心がありますか?」

「勿論、中学、高校と科目の中では成績が一番良かった」

「そうなの! あなたにも絵心があったのッ。どうして黙ってるの」

 と俄然と彼女は目を輝かせた。

「高校まで絵はクラスの中では一番だった。他はダメでもでも絵筆に持ち替えると不思議と我を忘れて集中できた」

「じゃあ、どうして美大へ行かなかったの?」

 全く今まで、絵の話はしなかったのに。そうだ、此の人はここの美大を卒業したと急に想い出した。

「だってお袋の口癖は『働かざる者食うべからず』ですから。美大なんて眼中になく、それで経済学部へ行った」

 が乗り気はなく、顔に出て一瞬、目を曇らせたのをしっかり彼女は捉えた。

「まあッ、厳しいお母さんなのね」

 深詠子は急にその目に憐れを誘った。

 中学生の頃には、あの峠の茶店を通って此処へは何度か深詠子は通い詰めて、スッカリ此処の住人気分で前田家別邸を案内して廻り、自信に満ちていたが少しかげりが出た。







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