深詠子を偲ぶ8
こうして浮き浮き気分で年末を迎えて深詠子の実家に行った。駅まで迎えに来てくれたお兄さんの君嶋井津治さんに初めて会った。深詠子が連絡してお兄さんが改札口で待って、藤波を紹介する深詠子の余りにも少ない荷物に君嶋は面喰らったようだ。
「そうよ、だって此の人を紹介するために帰ってきたのよ」
この人以外に何が要るのと謂う顔をされた。
「そうか、感じのいい人だ」
と君嶋は藤波を暖かく出迎えて駐車場まで案内した。
「お父さんとお母さんは元気にやってるの」
両親は還暦に近いが、かなり弱って兄夫婦が面倒をみていた。
「ああ、後はお前の結婚だけが愉しみだから喜んでいるよ」
しっかり妹を掴まえてないと振り落とされるぞ、と半分冗談っぽく言われた。
「お兄さん、何を言うのよ、そんなことはないわよッ」
この人はそんな人じゃあない。だから連れて来たと強く否定した。
「今の妹を見ていると今度は安心できそうだ」
君嶋は妹に、暗に泣かせるなと云っている。
「お兄さん、そんな心配は此の人には要らないわよ」
「そうか、藤波さん、妹をよろしく頼むよ」
早朝の新幹線で帰宅した二人を市内のレストランで昼食を摂った。此処で深詠子が地震で損壊したお城はどうなったのと訊くから、君嶋は案内することにした。
「あれば驚いた、まあ、家は大丈夫だったがお城は近付けないが傍まで行ってみるか」
此の春襲った震度七の地震で城はかなり損壊した。食事での話題は地震の話でやって来た藤波は片隅に追いやられた。それだけ兄は藤波に妹を託しても大丈夫だと太鼓判を押しているようなものだ。お兄さんに認められれば、これから会う両親には何の心配もない。真っ先に家に向かわずに市内観光するのがその表れだ。




