深詠子を偲ぶ6
「でも、もう通用しなくなっちゃった」
と彼女もスッカリ元気になった。
「誰に?」
こうなると藤波は頭が混乱する。
「もう〜。あの人はあたしを気違い扱いしたのよ」
「本気じゃないよ。いっときの憂さ晴らしさ」
「憂さ晴らしじゃないわよ。あの人、本気よ。でもどうしてあなたまで辞めるの」
「仕方がないよ。僕は入って間もないしまだ見習いでやり直しが利くがあの人はベテランだから、身を引くのは僕の方だろう。入って間がないから人事の人もああそうですかのひと言で済むけれど、君はどうしたって騒がれて、僕より君の方が辛いんじゃないの」
「さあ、どうでしょう」
あたしに言い寄る男は今まで好みに合わなくて全部振ってきた。でもあの人だけはあたしから言い寄った人だけに、あの人もうぬぼれが強い。それに負けずにあたしも逆らいながら付いて行くと、あの人は何にも云わずに見守ってくれるだけの人になった。見守るだけの人だと気付いて、何がしたいのか問い続けても曖昧で、何もない人だと気付いた時にあなたが現れた。あなたは他の人とひと味違って何を考えているのか、近付いたけど掴み所がなかった。それで三人でよく遊びに行けば次第にあの人は気分を悪くした。それでも真面に前を向いて歩いてくれると期待して、今日はおもいっきりあの人に想いをぶっつけても昔のまま。
「あなたは違う」
「でも、それだけであの人から離れて、大丈夫ですか?」
「大丈夫。今日からあなたがいるもん」
さっきは一体何だったんだ。茶花劇だったのかと深詠子は明るく笑って歩き、二人の足取りは軽くなったが、思案に暮れながら藤波のアパートへ戻った。
翌朝、二人は会社を辞めて深詠子は自分のアパートまで引き払って藤波の所ヘやって来た。取り敢えず藤波は近くの麺類の卸販売の店へ配送のバイトで行き、深詠子はコンビニに勤めた。こうして二人の同棲生活が始まった。




