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深詠子を偲ぶ5

「本当にどうしょうもない人ね」

 濡れた瞳のまま笑って意見するなんて。エッ ! この人はどうなとつてるんだ。

 深まる秋の夜空を仰ぎ見ながら、二人はまるで原野にいきなり放り出されたように、重い足取りで当てもなく歩き出した。

 上司の部屋で泣き崩れて、深詠子さんは腫れぼったいな顔になって、二人はわざと暗い道を選んで歩いた。

「どうして、嫌われたんです」

「嫌われてないわよッ」

 と涙をつくろって見栄っ張りを言う処も可愛い。

「そうだ、あの人にもう来るなと言われたが良く考えると、あれは僕に云ってあなたは関係ないんだ」

「そんな気休めでも言ってくれれば少しは気が休まるけど、何の解決にもならない。第一、藤波君は本当に辞めてしまって行くあてがあるの」

「僕は君と違っていざとなれば親父の家に転がり込めるけど、君の実家は遠いから大変だ」

「いいの。そんなことより、私のためにせっかく就職した会社を辞めさせてしまって」

 いいのと何度も首を振って気の毒がった。

「僕は君さえ元気になれば、上司だって。さっきはああ云ったけど気が変わるから気にしなくて良いよ」

「あたし達ばかり気を遣って、まるであなたはピエロみたいね」

 ピエロの印象も変わって来た。さっきはおどけさせる人で今度は気遣う人か。

「僕はそれで結構。それで二人が丸くなるのなら」

「あたしは良くないのよッ。同じ事を何度も言わせないでよッ」

 また目に涙が溜まりだした。感情の烈しい人だ。

「だってあの部屋の出しなに、また来てもいいかって訊ねていただろう」

「あれはあたしの捨て台詞よ」

「エッ! あんなに泣きながら」

「そう、あればあたしの特技でもあるの」

 今度は陰りだした瞳が、彼を捉えて一気に輝きだした。

「だけど涙を溜めると説得力あったけど……」

 気を取り直した彼女に吊られて藤波も半分は冗談っぽく云った。


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