可奈子4
「何処へ行くの?」
「ちょっと早いが今日の仕入れに行く」
「付いて行ってもいい?」
「これから観光客が増えて忙しくなるだろう」
観光客は帰りに立ち寄り、喫茶店は土産物屋と違ってまだ暇だそうだ。仕入れに使う軽トラを置いてる駐車場へ向かった。
「それで付いてきたのか」
「そう、いつもゆっくり出来ないから。それにあの後片付けも今日は億劫なのよ」
「どうして、なんか言われたのか」
「あなたが余計な事をさっき言ったからよ」
昔の彼女なら「何よッ」と、聞き流すくせに、えらく大人になったもんだ。なれない嫁ぎ先で相当揉まれたか。彼女を此処まで矯正させるとは、相手もかなり手こずった挙げ句の決断か。それでも五年も持った。可奈子の器量に悩まされた日々が想像出来る。幼い時から可奈子を見ている藤波は、彼女のツボを心得て付かず離れず、此処ぞ、と思うときに手を差し伸べる。このタイミングを間違うと言い争いが限りなく続く。出戻りで実家に帰った彼女は、その扱いを憎いほど心得ていた。
「考えすぎだろう、誰も聞いてないし。相手の世間話に夢中で聞こえてないよ、それよりその髪どこまで伸ばすんだ」
「お嫌いですか」
と淑やかに言うと、彼女は急に手の指を広げて、胸まである長い髪をすかし始めた。気分転換なのか、それとも自慢の髪を披露しているのか判断がつかない。
「いや、心には響くが、手入れが大変だろう」
「平安貴族のお姫様に比べれば大した長さじゃないわよ」
彼女らには身辺をお世話してくれる侍女が居るからいいけど、一人ではとても洗うのが大変だ。それで恋が時めくのなら苦労はものともしない。そんな彼女らの恋に掛ける情熱を見習うには、ほど遠い長さの髪だった。