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兄、深詠子を語る2

兄の君嶋は此処には布団もあるので宿泊する。藤波は日曜で店は定休日でも、彼も真苗ちゃんを一人置いておけないので宿泊する。そうと決まれば残った二人は此処で呑むことにした。やはり話題は深詠子だ。

「八年前ですか、深詠子がお兄さんを訪ねたのは」

「そうだが、てっきり君も一緒だと思ったが、何処を探しても居なくて、どうしたんだと思わず言ってしまった」

 どんなことがあろうと、独りで来ることはないと決めつけていたのでこれには驚いた。

 そこで妹の妊娠を知り、同時に下村と謂う男と結婚すると聞かされた時はもう頭がこんがらがった。

 知り合って直ぐに下村との婚前交渉は有り得ないから、別れた君との子だと判っていたが、今更、倫理的にはどうって事はない。情動に揺れ動かされれば道徳や倫理は二の次になる。理性は無意識な感情の動きを抑制できない。真実を求めれば美しいだけに何のやましさもない。不倫や道徳は当事者以外の価値判断だ。心から発する欲情は抑えきれない。論理を越えた善悪や道徳心を考えない行動を悪いと解っても止められずに、倫理が片隅に追いやられる。それが深詠子の行動力学になっている。

「君はそんな妹を見送ってやってくれ」

 妹は永遠に旅立ったが、君への姿勢は貫いたと藤波に説いた。

 判りましたと真苗を見れば、テーブルに伏せったまま寝てしまってた。

 翌朝は磨美のご主人は自宅からは出勤して此処には来ない。残った人たちによって九時から葬儀が始まり、僧侶の読経と僅かな人々の焼香のあとに、深詠子の棺は親族と友人の手で出棺した。一連の行事の中心は、昨夜、下村の父親から云われて幼い真苗が、母親の遺影を持って深詠子の棺を先導してホールから霊柩車に載せられた。ホールに居る他の葬儀の親族や弔問客たちは、此の幼い喪主に「まあ、あんな小さい子を遺して」と涙する者や、静かに両手を合わす者までいたのには、深詠子の棺を担ぐ者たちにも胸に染みるものが有った。


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