深詠子の通夜1
木屋町ホールから藤波の店はそう遠くない。真苗ちゃんが居る可奈子の喫茶店も遠くないが、下村の両親には施設から許可をもらって連れて来たことにする。そんな手段がいつまで通じるか、まあ明日の十時の葬式までだ。君嶋井津治と磨美から聞かされた深詠子の真苗に掛ける思いの深さを知った以上は藤波の手元に置くしかない。
藤波は可奈子と一緒に真苗ちゃんを迎えに行くことにした。磨美の感触も、下村の両親は深詠子を余り良くは思ってない。彼女が八年間で下村の実家に帰ったのは最初の一回切りだ。以後は一度も帰らず冷たい嫁だと思われて、真苗ちゃんも知らない実家に行く気はないと磨美に聞かされた。深詠子が毛嫌いして、下村も結婚して実家にはほとんど帰ってない。実家の両親も深詠子には期待していない。これは磨美が、深詠子から直接聞いた話だ。
藤波が直接、真苗ちゃんを両親に会わせても、此処に残ると言い出すのは目に見えている。通夜に同席させ、可奈子もこれまでの話からお母さんとの最期のお別れにも同席させたい。一連の行事に真苗ちゃんを参加させて、両親に母親への思いを見せ付ければ、無理に連れて帰るのも躊躇するだろう。
「でも地方都市で還暦を迎えるあのタイプの夫婦には、ただ世間体を気にしているだけで、本気で真苗ちゃんを可愛がるとは思えない。ただ周りから陰口を叩かれるのが嫌なだけなのよ」
と可奈子に言われた。
「とにかく俺と可奈子は一旦、真苗ちゃんを迎えに行き、お通夜には母親の最後の姿を見せてやりたい。それで磨美さんと君嶋井津治さんはあの両親を説得して欲しい」
と頼み二人はホールを出て、真苗ちゃんを預けた可奈子の喫茶店に向かった。




