深詠子の願い2
「じゃあ恨みを買ってまで別れたのはどうしてなんですか」
「それが深詠子の持つ愛の定理と云えば聞こえがいいが、君からの逃避だ」
「何故そうする必要があるんです」
「想いを寄せた人への想いを貫く。その為に別れる。それが彼女の完璧主義なんだ」
目の前に対象物があればどうしても溺れてしまう。それを避ける為には、その人の分身を育てながらなら、その人を思い続けられる。常に目の前にいればそれは幻想の恋に終始するが、再び会う事のない高い壁、深い溝の向こうに居ればいつまでも思い続けられる。それが深詠子が到達した究極の愛の行き着く到着点だ。自分が築き上げた愛を全うするには、此の方法が一番やり遂げられて、完遂の可能性のある方法だ。
「ほかに方法はないのですか」
「表面を常に繕って生きられる人なら出来るだろう。妹の場合は君も知ってる通り、直ぐに感情を起伏させて、時にはその対象物のじれったさに否応なく挑みかかる。それに堪え続ければ異質な愛に磨かれて人生が終わる。だが深詠子は理想とする君にじれったさが残る限り、烈しく感情を打っ付け続けるだろう。そんな自分に嫌気がさし、下村ならそんな考えも起こらずに究極の愛の一粒種を守り続けられる」
「それを護るために、あの鴨川の張り出した納涼床の下で演じられたのか」
あれは深詠子が魅せた情念だったのか。
「深詠子は君の愛が強ければ強いほど引き離すには、君を完膚なきまで打ちのめす必要があったのだ。もっとも手っ取り早いのは愛を金に換える。これが一番に君から軽蔑されると考え出した。これに君は激怒して深詠子の元を去った。おそらく妹は、心の奥に悲しみを封印していたんだろう」
あの別離と同じ場所に在るホールで、君は永遠の眠りに就くのか。




