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深詠子の願い1

「それだけを聞くためにわざわざやって来たんですか」

「俺も最初はそう思った」

 わざわざこんな遠い所まで来るんだ。余程大事な要件だと思ったが結婚相手についての相談だった。今更良いも悪いももう決まっていた。相手は三十代の会社員で自営業でない一介の者に、それほどの資産があるわけでもない。だが相手は結婚を機に独立して事業を興すそうだ。相手は一目惚れだけに深詠子は過去を清算に来たのだ。お荷物を一つ背負ってるだけに妹はこの程度の男と妥協した。それは相手にとって一番嫌な厄介なものを要求する為だ。

 ーーお腹の子か。

 と訊いた。

 ーーウッ? 何で判ったの?

 ーー深詠子、俺はお前が産湯に浸かり大学を卒業するまで見続けて来たんだ。一つ聞きたい何でそこまでするんだ。

ーーたとえ一年足らずでも真実まことの愛の姿を、あたしの生涯にわたってずっと遺して見続けたい。

「妹はそう言った。それで堕ろしたくなかったのだ。でも下村は事業に行き詰まり心中事件を起こした」

 下村の我が儘は勝手過ぎる。死ぬならお前一人で行けと苛立った。

「深詠子は下村に異常を感じて、真苗に俺の店を教えたのか。だがそれが前日とは、余程切羽詰まったのか」

「条件が揃っていればあとは衝動的にったのだろう。真苗が無事なのが不幸中の幸いだ」

君島井津治きみじまいつじさん、あなたは深詠子がわざわざあんな遠い所までお腹の子の為だけに訪ねて来たと言うんですか」

「妹にとって真苗は君との真実の全てなんだ。そんな条件だけ突き付けられれば君の立場なら全てを許しても、それだけは承知しないだろう。だが下村は違う。彼に取っては一番経済的負担が少なくて済むんだ。そこが富山とみやまとは大きく違うところだ。だが君には相手の男は札束で愛を語る男だと印象づけたのは、自分がそんな女だと解れば怨みこそすれ、もうそれ以上の愛情を注ぐことはないと思って妹はその様に仕向けのだ」






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