深詠子の兄来る3
ホールの外には熱い陽射しが頭上に降り注ぎ、堪らずに近くの小綺麗な店に飛び込んだ。先ずはビールを頼み、それと腹の足しになる物を少し多い目に注文した。君嶋はビールで喉を潤してから妹について語った。
「実は妹は君と別れて三月ぐらいした時に、下村と結婚する話をしにわざわざ熊本までやって来たんだ」
「みつきですか、いやに焦ってたんですね」
「それはさっき云ったお腹の子供が関係してるんだ」
「ウン? それは下村は知ってるんですか?」
「だからその相談にやって来たんだ、妹は」
妹は君と別れて直ぐに別の会社に就職した。そこの上司の下村が直ぐにプロポーズした。向こうは一目惚れなんだ。入社早々に妹と懇意になった磨美さんは、その話には余り乗り気ではなかった。
「何か悪い噂でも」
いや、それどころかかなり仕事一筋で真面目なタイプなんだが、女性に関しては全く理解度が低くて。いやこれはべつに女性蔑視でなく、むしろその反対で特に妹や磨美さんの様な女性は、下村には天使か女神のような憧れの存在なんだ。磨美さんにも入社早々プロポーズしたがやんわりと断られた。
「それで入社早々まだ事情の飲み込めない深詠子さんにアタックしたの」
急に割り込んだ可奈子にも、君嶋は愛想良くビールまで勧めていた。
「同僚の磨美さんからは、家庭的で仕事一筋で申し分ないが、魅力が乏しくてつまらない人と言われたが、追い縋る君を突き放すには絶好の相手だと捉えたんだ」
「それで金色夜叉の世界へ逃避したのね」
これには君嶋も藤波も眉を寄せて、ウッという顔付きをした。あらゴメンナサイと可奈子に言われると、二人とも憎めない顔付きになった。
「下村はあの物語の富山ほど金の亡者じゃあないよ」
だから安定した衣食住の家庭環境は勿論、今の状態で聞ける範囲の条件なら何でも深詠子の希望を聞くと言われて俺に相談しに来たんだ。




