深詠子の兄来る2
「別にお兄さんに言われるような事は何もありませんよ。ただ深詠子の頼み事を聞いただけですよ」
「最後まで我が儘な妹だったなあ」
「自分の蒔いた種らしいから、しゃあないか」
藤波にも責任はあった。
「う〜ん、それで、やはりあなたに託したんですか」
「ご存知なんですか?」
「ええ、妹があなたの子を宿していたことは知ってました」
エッ! 何でと言いかけた藤波を兄は制止して、これから向こうの人にご挨拶して、そのあとでゆっくり話すと言って控え室へ消えた。
お兄さんはおそらく、啓ちゃんなら妹と良い家庭を築いてくれると託したのではと可奈子に問われた。藤波は腕組みをしてひと声唸ってから喋り出した。
「深詠子は俺と同棲する前に九州まで行って今のお兄さんに紹介したんだ」
「わざわざそんな遠いところまで行って」
「そうなんだ」
「そこで兄夫婦の車で阿蘇へドライブに連れて行ってもらった。あれは楽しかった。お兄さんは俺をスッカリ弟のように扱ってくれて深詠子もそのつもりだった」
「そうなの」
最初の一日が終わると今夜はどうすると聞かれた。これからビジネスホテルを探す予定だった。独りでかと言って、妹を見てから俺の家に泊まれと言われた。
「お兄さん凄いじゃん、会ったその日に泊めるなんて、普通なら啓ちゃんは独りでビジネスホテル泊まりなのに、きっと啓ちゃんならと、お兄さんは妹を託したんだ」
藤波が黙って笑っていると、控え室から出て来た兄が「あの部屋はほんまにお通夜だ」と言われた。お通夜が終われば通夜膳を用意していると言われたが、それまで持たないと軽い食事に誘われた。そこでさっきの話をするつもりだと感じた可奈子は、あたしも付いて行くと言い出した。藤波は君嶋の顔色を窺うが、一緒に来る可奈子を見ても彼は何も言わなかった。それどころか了解と受け取れるような笑みまで見せた。




