深詠子の兄来る1
下村の父親は、息子が犯した罪に動揺して戦慄が全身に走っていた。本人は出来るものなら、このまま喪主を磨美に代行させて、舞鶴に飛んで帰りたい心境で後部座席に身を委ねている。
「あのー、お兄さんはどれぐらいで来ます」
「そうですね、木屋町ホールは息子さんの自宅と京都駅の中間ですから、タクシー乗り場が混んでなければそれほど時間は掛かりませんよ」
そうかと溜め息をひとつついて、取り出したハンカチで額の汗を拭き取った。あとは無言のままホールに着いた。入り口の案内板を見ると下村家の葬儀会場は二階になっていた。一階は一つの葬儀場で全フロアーを使って、二階のホールは三つに仕切ったひとつが下村家の葬儀会場になっていた。先ほど磨美と可奈子の言い争いを中断させた年輩の社員が「今日の通夜と明日の葬式を担当させていただきます桐山です」と名乗り、名刺を渡され葬儀場に付随した控え室に案内されて寛いだ。
藤波と可奈子は部屋を出て、飾り付けの終わった祭壇の前に安置された棺の前に並べられたスチール椅子の一角に座った。
さっきはごめんねと藤波に謝り、深詠子さんがどんな人か可奈子は彼女を拝見する了解をもらった。
自宅で磨美との一件では桐山が止めに入ってホッとして、今は落ち着いて独りで拝見したいのだ。棺のそばへ行って観音開きの小窓をそっと静かに見て戻って来た。
「もの凄く穏やかな表情で、啓ちゃんの言った激情の人には見えない」
そうか、と藤波は頷いたまま目の前の棺を眺めていると深詠子の兄が来た。
「お目に掛かるのは八年ぶりですね」と言った。
藤波は軽く会釈する可奈子を幼馴染みとして紹介した。これには君嶋も兄妹のように見えたらしく納得した。彼は居ずまいを正して藤波と向かい合った。
「あんなに掻き回された妹に、此処まで見送りに来てくれて申し訳ない」
と頭を下げられた。




