深詠子無言の帰宅7
葬儀社に依って搬送された三つの棺は、自宅一階奥の居間に安置して、直ぐに葬儀社の者が枕飾りを終えると、線香を上げて、葬儀社が手配した住職に依る枕経が唱えられた。枕経は普通は納棺前に死者の枕元であげる御経だが、此処では納棺の終わった棺に向かってあげていた。
住職が引き上げると、親族が着き次第打ち合わせのために、手前の洋室にあるリビングテーブルを囲むソファーで寛いでもらった。
磨美はここでも自分の家のように、葬儀社の人達にお茶を出していた。手慣れたものね、と可奈子がやっかみ半分に言った。家でも深詠子に手伝ってもらって、お互い様だと言い返された。隣で藤波はヒヤヒヤしながら二人の遣り取りを聞いてる。葬儀社の人達も、彼女は故人とは近所の友人と聞かされ、今更ながら故人との親密度に感心している。
これほど勝手知ったる我が家同然に振る舞われると、自然と磨美は、深詠子から俺のことをしょっちゅう耳に入れていたのかも知れない。まるで小さい子供が、親に聞いて聞いてと駄々を捏ねるように磨美にも、深詠子は藤波との出来事を話したに違いない。昔、藤波に話したように。聞き手の磨美も、嫌がらずにむしろ反対に「それでその先どうしたの」と相づちを打って催促されると、深詠子は益々気分が乗って喋る。深詠子の家で甲斐甲斐しく磨美が動いている姿から、自然とそう謂う昔の想い出が次々と浮かんで来た。黙って磨美の言われるままに聴いている藤波が、可奈子には歯がゆくなる。
「それで僕の事はいいけれど、下村はどんな男なんだ」
「どんな男って?」
「だから深詠子にとってはお似合いだったのか」
「どうでしょう、彼って深詠子の尻に敷かれていたのよ」
「だが三人も子供が居れば主人としては、それでは威厳が保てずにやってられないだろう」
「それが子供の前では、深詠子は畏まって夫を立てているのよ」
藤波は聴いていて思わず笑ってしまった。
「どうしてなのよッ」
と可奈子には、それが気に入らず不機嫌に問うて来た。




