可奈子1
店を持つとサラリーマン時代と違って、朝はゆっくり出来るが、十数年続いた癖で朝は八時に起きて、ゆうべの残りもんで朝食を済ます。五百メートル北東へ歩くと平安神宮がある。その途中に有る可奈子ちゃんの喫茶店へ最近寄るようになった。
立花可奈子とは同じ学校で、帰りには知恩院の境内でよく遊んだ幼馴染み。歳は三つ下の今年で二十九歳だ。五年前に他家に嫁いだが、半年前に実家に帰ってきた出戻りだ。
可奈子の店も間口は狭いが奧いきがある。中央の通路を挟んで両側にテーブル席が四つで八つある。店は朝の観光客が来る前は、いつも中年以上歳を喰った近くの土産物屋とか雑貨店、その他観光客向けの店主ばかりで賑わっている。第一に可奈子の両親も別々に他のテーブル席に居る店主と世間話をしていた。同じ独身で三十代の藤波と可奈子だけは入り口傍のテーブル席に居た。
「せっかくみんな盛大に見送ったのに何で離婚したんや」
「嘘や、啓ちゃんはえらい気落ちしてたって、お父ちゃんが言うてた」
「そんなことあるわけないやろう」
「へ〜エ、やせ我慢して、まあええわ。あの時は格好ええ人やと思ったんや。第一、敬ちゃんと違て新鮮に見えたんや」
藤波は親父を心配して戻って来たが、可奈子にすれば「内が結婚したさかいにあんたは戻って来たんやろう」と半年前に久しぶりに会って言われた。表面上の月日の計算ではそうなるが、男女の仲は計算通りに行けば何の苦労もない。
子供の頃の可奈子はショートカットでやることも男っぽかった。華頂通にある女子短大を卒業してから彼女はやっと髪を伸ばし始めた。藤波が彼女を意識し始めたのは髪を伸ばし始めて、容姿がガラッと変わったからだ。元々彼女は器量も悪くない。ただ平安貴族のお姫様の目鼻立ちをしながら、男っぽい行動が藤波の気持ちを阻害していた。まあその頃に他の女性と失恋した所為も有るが、心の痛手を治す救世主にも見えたのだ。それもつかの間で可奈子は嫁に行ってしまった。
「嘘つけッ、俺を意識して急に髪を伸ばしたんやろう」
「違う、他に好きな人が出来たさかいや」
彼女はうぬぼれるなと言うが、何処か迫力に欠ける。