藤波の店 1
真苗は頼んだ枝豆の処理が終わると次なにすんの? と訊かれた。
「手伝いはもうええさかいご飯食べよう」
「まだお腹空いてへん」
「もう直ぐ店開けなあかんさかい。店開けたら客が来るさかい、そしたらもう食べる時間は今しかないし食べとき」
「うん、分かったぁ」
今の返事は元気がなかった。まだハッキリと此処に置くと言ってない所為かも知れない。あれだけ家や店の説明してもやっぱり不安なんか。言えんのはあの別れの日に深詠子が残した捨て台詞が、未だに頭にこびり付いている所為かもしれない。藤波の思いが伝播したのか、真苗の箸を持つ手が重かった。
真苗ちゃんには開店時間前に夕食を済ませて二階へ上がらせた。表に掛ける変な屋号の入った暖簾を取り出した。親父が死ぬまで使っていた暖簾を膝の上に置いて暫く考えた。
気持ちの整理が付かないまま深詠子は、子供を一方的な押し付けて逝ってしまった。可奈子が言ったように、そこに愛がなければ妊娠を気付いた段階で堕ろすだろう。しなかった理由は他にあるのだろうか。藤波には余りにも醜い別れで、素直に可奈子の言葉が心の何処かに引っかかって受け容れられない。ふと時計を見るといつもの開店時間を過ぎていた。彼は慌てて店の暖簾を持って表に出て、あの金目鯛を頼んだ源さんに会ってしまった。
「この糞熱い中をいつまでまたすんだ」
と掛ける前に暖簾をくぐって店に入り、藤波は慌ててカウンターに戻った。
客の源さんは座るなりリクエストの逸品を催促した。藤波はガスコンロに掛かった鍋から金目鯛を取り出し皿に移し、本当にあんな簡単な味付けでいいのか、聞きながら源さんの前に割り箸を添えて出した。




