磨美の話6
「だがその下村に出会えなければ殺されずに済んだのに、どっちが幸せだったんだ」
深詠子が求めた究極の愛の結晶が真苗なら託す相手が違うだろう。強く握りしめた拳をカウンターに打ち付けた。
「此処の屋号のようにどん底生活していれは落ちようがない、その点は真苗ちゃんは幸せかも知れないけど……」
幽かに揺れたコップを見て磨美は言った。何か険のある言い方だ。
「けど生まれた以上は一度は頂点を目指さないと生まれた甲斐がないと思わないの」
「まだ人生長い。勝負を焦る必要はないんだ。殺されなければ深詠子もそう思い直しているだろう。多くの家族と財産に囲まれても、熾烈な相続争いが起こればその起業家は草葉の陰で嘆いているだろう」
「いや、案外愉しんでるかも知れない。そう云う人は無理心中なんてしないでしょう。啓ちゃんを見てるとそんな気がしてくる」
「でも、そうっと調べに行った深詠子の話だと、今は場末の居酒屋で老い先短い将来性のない客ばかりでどうするんだろうって心配してたわよ」
「何であいつがそんな心配するんだ」
「啓ちゃん、それって、離婚したあとに真苗ちゃんを連れて転がり込む算段だったのかも知れない」
「それはあり得る、スッカリしょぼくれて落ち込んだ下村を見て、ダイヤモンドだけが人生じゃあないと気付けば、深詠子ならつくづく思い直せるはずだ」
此の二人はそこに落ち着くかとふと磨美は上を見た。
「二階が静かになったのは、真苗ちゃん、下の様子が気になったんじゃないの」
「そうだなあ、近いうちに下村も自首するだろう。話を聞けば彼奴は一人では死ねない。主体性のない奴だ」
「何で分かるの?」
「逃げ切るにも甲斐性がいる。これは己の信念の持ちようで変わるさ」
「そんなの変よ」
もしそうなら、それは生き方が間違っていると可奈子は思う。




