磨美の話3
「下村は、深詠子があの会社を辞めてから次に見付けた会社の人で、困ったら遠慮なく言ってくれって、それをさり気なく言っては昼食に誘ってたんよ」
「初耳だ。そんなん俺はひと言も聞いてないッ」
「余計な心配を掛けたくなかったのね、そこが姉さん女房なんよ」
と可奈子が言った。
「女房なんて時期尚早で余計だ」
「でもほっとけない処があるのよ、この人」
と可奈子がまた横から口出しした。磨美は眼だけで牽制して構わず続けた。
「いよいよあんたらの雲行きが怪しくなると下村は積極的になったのよ」
「一緒に生活して一年半ぐらいしか続かなかった原因は、その新しい上司が俺の知らないところでちょっかいを出したからか」
「それもあるけれど、もっと複雑な根本的原因があったのよ」
あの人に深入りしすぎて、とその頃から愛だけでは喰っていけないってあたしにぼやいてた。多分あたしが結婚相手を決めて将来設計を始めると、深詠子もやはりキチッとした人とするべきだと現実を見つめ直し始めた。
「それは磨美ちゃんより、呪文のように耳に入れた下村の影響か」
「何でそう決めつけるのよ」
と可奈子の口出しには当たっているだけに反論できない。
深詠子に言わすと、下村は常に三叉路に来る度に、道しるべになる助言を与えてくれた。
「その助言って何なんだ」
「簡単に言えば人は霞を食べて生活出来ないってことよ」
「別にあの頃の俺は遊んでない。どんな仕事でも今まで以上にやって来た」
「でも建設現場や市場の配達人じゃあどうすればいいのって、あたしに愚痴を言われた」
「それで今日仕入れた市場には詳しかったのね」
いちいち可奈子は余計な合いの手を入れる。
「あの人をそんな若いうちからああしろ、こうしろって先を決めたくないんよ」
「好きになった弱味を曝け出しすから。年下を彼に持つとこうなるでしょう」
可奈子の横槍に磨美は眉を寄せた。
だから地道に深詠子が彼の将来像を黙って手探りで導くしかない。とあたしが言えば納得したみたい。結局、愛に対する深詠子の結論は、溺れてしまえば引き上げるか、突き落とすの二者択一しかないと割り切る。深詠子には真ん中の生き方が出来ずに、切羽詰まれば真苗ちゃんをあなたに預けるしかなかった。




