谷を渡る雲8
「ニュースに出てた亭主の下村優司やけど、やり手の実業家や、とテレビの人は紹介してたけど、深詠子さんの手紙とは違うけど、どうなんやろう」
「さっきも言ったが、顔も知らんし会った事もない。ましてテレビのあの顔では判らん」
「でもお父ちゃん、いつも怒らへんのに今日はビックリしたよぅ」
切実な真苗の顔を見て、ウ〜んと藤波は唸ってからスマホを持ち出して操作した。
「なにすんの?」
「深詠子が頼んだ磨美に聞くしかないやろう。時間がない。いつ此処に警察が此の子を尋ねて来るか判らんからなあ」
「番号知ってるの?」
「昔、聞いたが、八年前から変わらんと思うけど……」
電話は繋がった。どうやら磨美もテレビのニュースを見て話もスムーズに繋がった。
ーー真苗ちゃん知ってるか。
ーー知ってる。
此処で藤波は可奈子に真苗を表に連れ出して一緒に遊ぶように言った。可奈子も大事な話があるさかいと真苗を連れ出した。
ーーもしもし、どないしたん。もしかしてそこに真苗ちゃん居たん。
ーーそうや、今、席はずさした。それで訊くがあの子は本当に今の旦那の子か ?
ーー深詠子なんも言ってないん。
ーーそやさかい電話した。亭主との経緯は知らんが俺の子か ?
ーーピンポーン、当たり。
ーーアホ。
昔と変わらんやっちゃ。
ーーとにかく事情を聞きたい直ぐ来れるか。
彼女、今は子持ちの主婦だ。公的機関が動き回ってる以上はタクシー代は持つから、尾行に注意して直ぐ来る様に急かした。
藤波は磨美が来るまで真苗に真実をどう伝えるか悩んだ。だが知らない事が多すぎる。五歳までは興味津々でもあの歳頃になると少しは考え出す。それにどう対処するか、此処が一番難しい。それ以上に母親と妹弟たちの死を父親に目の前で行われたショックをどう受け止めてるか。受け入れる生活基盤もなく、今夜寝る場所も解らない身で気に入られようと余計な事は喋らないのかも知れない。不安要素の鍵を握っている俺に突き放されれば、あの子は路頭に迷う。それを避けるために深詠子は俺に頼るしかなかった、のか。




