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谷を渡る雲6

 一緒に食べるか、と言うと嬉しそうに頷いた。可奈子と藤波が真苗を真ん中にしてカウンター席で食べ出した。それを見て真苗はスプーンでかき込むように食べ始めた。

 喉詰めるわよ、と可奈子が水を用意した。不安定すぎる真苗ちゃんを見て、可奈子は、こんな古い丸椅子より、もっとしっかりした肘掛け付きの安定した椅子にするように進言した。藤波にすればこれは親父の代から使っていた椅子だが、客も歳を取って危なくて同意した。

「それよりこの子、如何どうすんの」

 と今度は食べるのに夢中な真苗ちゃんの頭越しに訊ねた。

「二階はふた部屋あるから、ひと部屋をこの子に割り当てるか」

「それより警察が捜しているのは、行方不明の亭主とこの子もじゃないかしら。真苗ちゃん学校は?」

「夏休みぃ」

「あっ、そうか。スッカリ忘れてた。じゃあ暫くは解らないわね。親戚は? おじいちゃんとかおばあちゃんとかは?」

「深詠子の実家は九州だ」

 藤波が言うと、真苗ちゃんは止めたスプーンをまたせわしなく動かした。

「旦那の方は」

 そんな真苗を横目で見てから、可奈子が笑って藤波に訊ねた。

「会ったこともないのに知るわけないだろうッ」

「じゃあ手紙に書いてある磨美さんは?」

「うん、それは……、深詠子が居た新しい会社の人だろう。それで彼女とは仲が良かったらしい」

「今の処は深詠子さんを知ってるのはその人だけ? じゃあその磨美さんに訊いてからどうするか決めたら」

「でもこの子が警察に知れるのも時間の問題だが……、深詠子が死ぬ前に俺を頼ったんだ、ほっとけない」

 此の人は尾崎紅葉にはなりきれない人ね。

 どうやらこの手紙は急にしたためたものでなく、以前から下村と離縁するつもりで書かれたようだ。


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