谷を渡る雲1
昼前に軽トラが表通りから店に近付くと、軒下には肩からポーチを掛けて、袖のない花柄のワンピースの少女が地面に座り込んでいた。
「誰、あの子」
君の隠し子かと言えば、可奈子は急にハンドルを揺さぶった。
人通りの少ない昼前の軽トラは左右に振られた。慌ててしっかりハンドルを持ち直して減速した。
「あの子が三つ、四つに見えるかッ」
と可奈子に。睨まれた。
「どう見ても小学校低学年だなあ」
「あたし、五年ちょっと前に結婚したのよ。歳が合わないでしょう。それよりも八年前に別れた啓ちゃんなら合うけどねー」
今度は藤波が眉を寄せて可奈子を直視した。
軽トラは座り込む少女を避けるように店の軒下近くで止まり、藤波が降りて駆け寄り可奈子が続いた。
「何処の子や、そこに座られると店に商品を運び込めへんがな」
「お嬢ちゃん、お洋服汚れるから立ったら」
と可奈子が少女を立たせた。背は高かった。一メートル四十近くある。可奈子の肩あたりまである。くりっとした目が少女っぽくて可愛い。歳を訊けば八歳と答えて封筒に入った紙切れを小さなポーチから取りだして「これを読んで下さい」と差し出した。読み終えると藤波は眉を寄せた。
「なんで此処が分かったんや」
「きのうお母ちゃんに連れて来てもろた」
「きのう? それで今日お母ちゃん、どないしたんや?」
「亡くなった」
ほとんど無表情で答えた。
「ハア? 云うてることがよう分からん」
「その手紙には何て書いてるの」
可奈子に見せるか藤波は思案した。
「なんや見せたくないん? そやかて何でこの子は店の前に居るん? この子名前なんちゅうの?」
「此の手紙には子供の名前は、まなえちゃんって書いてある」
「他には?」
「ちょっとややこしさかい後で見せる」
と手紙だけ抜き取って、藤波啓一朗へ、と書かれた封筒だけ「母親からや」と渡した。受け取った可奈子は、直ぐに裏の名前を見て驚いた。