心の闇に光を1
通勤時間帯が過ぎて空いてるバスに乗ると、買い出しに行く市場の喧騒が嘘のようにのんびり出来た。警察前にバスが着くとその気分は払拭された。歩道に降りた彼は、遠ざかるバスを尻目にまだ数分歩かないと着けない。少なくとも此処で降りた者は、此処しか用と云える建物が在るのは川沿いの警察署だけだ。心にやましさがあるのか、それを正す距離にしては短い。ならばバス停は目の前でなければおかしい。とっ言ってる間に玄関を過ぎた。受付は顔見知ったいつもの定年間近の警察官だ。面倒くさそうに用紙に記入して面会室へ入った。狭い部屋を更にアクリル板で仕切って益々狭くしてある部屋に座った。そこに下村が警察官に連れられてやって来た。三木谷から好感を抱いてると聞かされたが、一見して淡々とした表情には、今までの期待が尻すぼみになる。下村がアクリル板の向こうの席に座った。待ちきれず藤波の方から三木谷さんに託したメールを訊ねた。そこでやっと下村は今までの作り笑いでない笑顔を見せてくれた。
「矢っ張りあなたは深詠子の心のうちを良く知ってる人だと解りました」
なるほど、それがあのメールの感想か。悪くはない評価だ。
「あのー、あの文章ですが、あれは想像で書いたと三木谷さんには説明したのは間違いです。あれは真苗ちゃんから聞いて、一カ所大事な所を抜かして作成しました」
「大事な所?」
「そう、一番肝心な所なんです」
「それは何処ですか?」
「あなたは凶器の包丁を持って二階へ上がった時です」
「あの時は無我夢中でやり出したんです。そうすると最後までやり遂げる。それで頭が一杯でした」
「あの時、包丁はしっかり握っていたんですね」
「片手で階段の手すりをしっかり掴んで、もう一方の手にはしっかり包丁を握ってました」
「その時は、まだ二階の入り口に真苗ちゃんが居たのには気付いてなかったんですね」
「ええ、階段を上る時は、足下しか目先がいかなくて、急に足が見えて見上げると真苗が立っていた。思わず足を止めてじっくり真苗の顔を見てしまったんです」
「そのときです!」