真苗に聞く5
「その状態で一階が騒がしくなったのか」
「ウン」
どうも妹と弟が下で逃げ廻っているようなので、まさか節分の鬼退治を此の夏にやるわけない。それにあの時は笑いながら逃げていたが、今日は悲鳴のように聞こえた。これはいつもと違うと、ドアを開けると、お母さんが血だらけで部屋に入って来た。お母さんは、昨日一緒に行ったお店に行きなさいと言われた。理由を聞くまもなく、早く独りで此処から逃げなさい、としきりにそれしか言ってくれない。その内にお母さんも、下も静かになって、部屋を出て階段から下を見ると、お父さんが包丁を持って上がってきた。ふと見上げたお父さんと見下ろしていたあたしと顔が合った。
「その時はどうだった」
「あたしの目の前で包丁を持ったまま手をだらりと下ろしたよぅ」
「力が抜けたように包丁を下げたのか、それでその時、向こうはどんな状態だった?」
「わかんない、お母さんから言われたとおり逃げるのに夢中で、お父さんがじっとした一瞬の隙に、体当たりして下まで転げ落ちて動かないお父さんを跨いで急いで逃げたぁ」
「その時に妹と弟がどうなっていたのか確かめたんだね」
「ウン。でもお父さんが包丁を持ったまま起き上がろうとしたから、そのまま玄関から飛び出した」
「そうか……。二階の手前まで顔を上げずに上がって来て、真苗の足元が見えて顔を上げたのだろう。その時だけど、真苗は少しは思い出したか」
「ウン」
「どうだった。いつもと変わらなかったか?」
「それが、いつも見たことない顔してたぁ」
「ウッ? どんな顔だッ」
「それが、いつもあたしには優しい顔するのに、眼があったら何かポカンーとしてた。あんなお父さん初めてだょ」
そうか。その一瞬に下村が思った心の闇に、光を当てれば何かが見えて来そうだ。