真苗に聞く4
この日も朝は同じ時間に一同揃っていつもと代わらない食事を摂った。厳密にはいつもはお父さんと一緒に食事を終えるとお父さんは会社に、あたしは学校へ妹と弟は幼稚園へ行き、お母さんが一人で後片付けをする。そのあとお母さんは掃除、洗濯、買い物をこなしていた。それが少し前からお父さんは会社へ行かなくなった。お父さんが家でぶらぶらしていてもお母さんは決まっていつも朝食を用意した。それで夏休にみなると朝からみんな家に居た。いつもと違うのは、ずっとお父さんが家に居るようになった。でもお母さんはその頃には、いつもと違って厳しくお父さんを責めていた。この頃には会社がおかしくなっていると薄々解ってきた。
いつも朝食後は、妹と弟は居間で遊び、お母さんは食卓の後片付けをする。お父さんも居間に行き、そこで寝転ぶかテレビを見ていた。でもあの日の当日、お父さんはいつもと違って食後は全く喋らなくなった。その日のお父さんは朝食の片付けの終わったダイニングルームで、何もないテーブルの前で長いこと瞑想するように、独り取り残されたように座っていた。お父さんの居るダイニングルームの向こうは台所で、流しには何本かの包丁が納められている。
「すると下村は、ダイニングテーブルからキッチンにある包丁と暫く睨めっこしていたのか?」
ふとした精神状態に陥る原因は深詠子への歪な愛情表現にある。とすればそれを是正出来ないままに形成された家族が今日まで続いていた。とすれば包丁を持って真苗の部屋に押し掛けたその時に、下村は真苗に何を見いだしたのか。それが判れば闇に閉ざされた真相に迫る扉を開ける事が出来る。深詠子はそんな下村に対して、真苗のために家庭を守ることに専念し、下村が家庭に注いでくれた家族愛に気付かないふりをして生きていた。いや、だから生きられた。愛に対して潔癖の烈しい深詠子はそんな下村の態度には気付かないふりを貫くことで真苗を育てていた。ある男の為に。
「ウン」
下の子供は二人とも奥の部屋で遊び、お母さんは洗濯か掃除をして、あたしは二階の部屋に居たけど、お父さんだけは食事の終わったダイニングルームにそのまま居た。