真苗に聞く3
「お前、俺でなく本当のお父さんに会いたいか」
ちょっと不思議な顔をした。
「わかんない、だってどっちが本当のお父さんなのぉ?」
「だって今、言ったじゃあないか」
「お母さんに言われたから」
うむ、そうか。真苗の頭越しに可奈子を見ると、あたしじゃないわよ、と首を横に振ってる。
「深詠子がそう言ったのか?」
「ウン」
「いつだ」
「お母さんが此のお店を教えてくれたとき」
じゃあ、事件の前日か。とすれば深詠子は普段の下村が、精神的に相当追い詰められていると悟って、あの行動を予見したのか。
「真苗、それから翌日までの家の中の出来事を憶えているか」
「ウン」
「じゃあ教えてくれるか」
「ウン」
その前に可奈子が作ったレモンスカッシュを置いてくれた。真苗はストローで飲みながら語り出した。
前日の朝はお父さんは家に居た。ここ暫くはずっと前から家に居て、会社へ出掛けようとしなかった。それもそのはず、会社は既に倒産して誰も居ないが、それを知ったのはもっと後だ。仕事がないのは分かっていたが、まさか会社まで人手に渡っていたとは知らなかった。お母さんは知っていて、この日は朝から一緒に買い物に行くと言って家を出た。でもいつもと違う場所へ、しかも「此のバスに乗るのよ」と念を押すように言われて市バスに書かれた行き先と行き先系統番号を覚え込まされた。三条京阪で降りて仁王門通りに向かって少し歩いて古ぼけた店の前に立って「此のお店を憶えとくのよ」と言われた。
「そこで俺のことを教えてもらったのか?」
「ウン」
そこでまた炭酸水を飲んで続きを語る。
帰りも同じ系統で家に向かうバスに乗った。いつもは何の気なしにバスの外の景色を見ていたが、その日はいつもと違うお母さんの態度に、ジッと目を凝らして流れる外の景色を頭に叩き込んだ。